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第36回 てきすとぽい杯〈紅白小説合戦・紅〉
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迷宮トウモロコシ
 投稿時刻 : 2016.12.10 23:41 最終更新 : 2016.12.10 23:42
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- 2016.12.10 23:42:03
- 2016.12.10 23:41:37
迷宮トウモロコシ
永坂暖日


 大学進学のために地元を離れた私は、進学先の土地で就職した。両親は地元で就職してほしかたようだし、わたしもそのつもりでいたけれど、あいにくの就活結果だた。とはいえ、地元から車で数時間の距離だたので、いつでも帰省できるからいいかと思ていた。ところがその後、転勤や転職を数度経て、すかり地元から離れてしまていた。いまや飛行機を使わなければ帰省できない。
「あれ?」
 実家に帰るのは、お盆と正月の年二回。数月ぶりに地元へ帰ると、見慣れた光景が変わていることがしばしばあた。
 その夏、大晦日の前日に帰省したわたしは、実家の近所にあた畑が一つ、まるまる姿を消していることに気が付いた。
 田舎なので、住宅地の中にはところどころ畑がある。昔はもとたくさんあたけれど、後継者不足なのかほかの理由なのか、畑は少しずつ姿を消し、代わりに住宅が建ていた。
 いつもはほとんど気にもとめず通り過ぎるだけなので、少々自信はないが、お正月に帰省したときにこの角地にはまだ畑が存在していたと思う。
 自宅からは直接見えないが、ちと歩けばすぐの場所だた。通学路の脇だたので、毎日その畑の脇を通たものだ。
 そこはトウモロコシ畑で、たくさんの畝に植え付けられた小さな苗は、夏になると子供の背丈よりも高くなていた。畝とトウモロコシ同士の間隔は狭く、夏場のトウモロコシ畑は鬱蒼としていて、わたしは友人や弟たちと、しばしばこそり畑に入り込んでいた。少し分け入るだけで、先を見通せなくなり、自分が畑のどこにいるのかもわからなくなる。当時のわたしたちにとて、そこは期間限定で現れる迷路だた。
 いま思えば、持ち主からしてみれば畑を踏み荒らす迷惑な子供たちだたことだろう。あの頃はそんなことは考えもしなかた。近所の一角にある非日常的な空間だた。
 そんな場所は、いくつもある。ただ、ここはその中でも少しだけ特別な、あるいはちと不思議な思い出のある場所だた。

 あれは、小学校三年生か四年生の頃だただろうか。小学校に上がる前の弟の手を引いて、トウモロコシ畑の中で遊んでいた時だた。
 畑の中をでたらめに歩いていたら、知らない男の子と出くわしたのである。年頃はわたしと同じくらい。トウモロコシ畑で遊ぶのは近所の子供くらいのものだけど、わたしはその子の顔に見覚えがなかた。
「ごめん、勝手に入て」
 その子は、わたしたちが楽しそうに遊ぶのを見ていてうらやましくなて、ついつい入てきてしまたのだ、と照れくさそうに言た。本当は畑の持ち主がいるのだけど、そこで迷路として遊ぶのは近所に住む自分たちの特権のように思ていたから、わたしは偉そうにも、遊んでいいよとその子に許可を与え、一緒に遊んだのである。
 それから数日、その子と遊んだ。待ち合わせは畑の中。迷路の中で、どちらが先に見つけるか競争した。
 学校が終わるとランドセルを玄関に置いて、ついていきたがる弟を連れてトウモロコシ畑に向かた。先に見つけたり見つかたりしながら毎日遊んでいたのに、その子は突然現れなくなてしまたのだ。どれだけ探しても、あの子は見つからなかた。
「おにいちん、いないね」
「そうだね。飽きちたのかな」
 会わなくなて、名前も聞いていなかたことを思い出した。
 彼はどこの誰で、いまはどうしているのだろう。探すすべはないけれど、なくなてしまた畑の跡地を見て、ふと思た。

「あの角の畑、なくなたんだね」
 家に帰たわたしは、おつかいを頼まれ買てきたものをダイニングテーブルに広げながら、ソフでスマホをいじていた弟に言た。
「あれ、姉ちん知らなかたの?」
「知らないよ。お正月に帰てきたときはまだあたでし
「そうだけ?」
「そうだた。ずとここにいるくせに、どうしてあんたの方が記憶があやふやなの」
「んなこと言われても、気にしてないと覚えてない
 トウモロコシ畑の迷路で一緒に遊んだあの子にお兄ちんと言て懐いていたくせに、それも忘れたのだろうか。
「春になたくらいに、更地にしたのよ」
 わたしたちの会話が聞こえていたのか、リビングに入てきた母が言た。
「母さん、どこか行くの?」
 しかしわたしは、母の格好の方が気になた。喪服姿だたのだ。
「美枝子ねえさんのとこの法事にちとだけね。夕方には帰てくるから」
 美枝子ねえさんというのは、近所に住んでいる母の親戚だ。母のいとこだかはとこだかにあたる人で、一人子の母にとては姉のような人だた。
「法事?」
「ねえさんの息子の、竜臣君の十七回忌なのよ」
 時間がないのか、母はいそいそと出掛けていた。
 竜臣君とわたしたちは親戚同士で近所に住んでいる割にあまり会たことはなかたが、そういえば彼の葬儀には参列したのだた。幼い頃から病弱で、大学卒業を目前にして彼は亡くなた。あまり会たことがないのは、竜臣君はしう入院してたからだ。それでも遊びに行くと体調がいいときはわたしたちの相手をしてくれた。年の離れたいいお兄ちんだた。

 夕方、予告通りは母が帰てきた。懐かしい写真をもらたわよ、と手土産を持て。
 美枝子おばさんが最近デジタルデータで昔の写真を保存したそうで、わたしたち家族が写ているものを焼き増ししてくれたのだ。
 みんなで回し見しながら、懐かしいとかわいわい言い合ていたら、わたしより先に写真を見ていた弟が、
「これ、母さん?」
 と古そうな写真を母に見せた。
「そうよ。結婚する前くらいかしら」
 美枝子おばさんの家の居間だろうか。今のわたしと同じ歳くらいの母が、少年を膝に抱えて笑ていた。
 わたしの目は、その少年に釘付けになた。
「この子は誰?」
 弟が、母の膝に座て笑う少年を指さす。
「竜臣君よ」
 遠い昔の記憶が、突然鮮明に甦る。トウモロコシ畑の迷路で名前も知らない男の子と遊んだ夏、竜臣君は亡くなた。
 あの子と写真に写る少年は、そくりだた。
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