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肉小説
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我が輩の名は。
 投稿時刻 : 2017.01.27 20:24 最終更新 : 2017.01.28 10:36
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- 2017.01.28 10:36:01
- 2017.01.27 20:24:22
我が輩の名は。
永坂暖日


 我が輩は幽霊である。名前はまだない。気がつけば公園の桜の木の下に立ていた。近くを通りかかる人にやあやあと声をかけていたがとんと気付かれぬ。はて妙なことであるよな、と首を傾げて考えていたら、ある日小さな子供に指をさされ「パパ、あそこにゆーれいがいるよ!」と言われたので、我が輩は我が輩が幽霊なる存在と知たのである。
 我が輩思う、ゆえに我が輩あり。
 そんなわけで、幽霊の我が輩は桜の下に立ている。ちなみに、我が輩を幽霊と看破した小さな子供は、パパに「何を言ているんだ。それより砂場で遊ぼう」と手を引かれて行てしまた。小さな子供は砂場と聞いて目を輝かせ、我が輩を一顧だにしなかたことを書き添えておく。
 我が輩は幽霊である。幽霊というものは、その存在に気付く人と気付かない人がどうやらいるらしい。我が輩はこれ以上ないほど我が輩であるのに、認知される度合いについては曖昧模糊である。
 春爛漫の季節、草木も眠る丑三つ時に桜の木の下でちちくりあうアベクの様子を間近でじくり観察しても、彼らはいこうに我が輩に気付かない。ちちくりあうのに夢中で眼中になかたのかもしれないが。
 付き合い始めたばかりといた様子のうら若いアベクは、娘の方が我が輩の存在に気付いてきと声を上げて少年に抱きついていた。少年は何もいないのに急にどうしたんだよと言いながら娘の腰に腕を回していたので、やはり我が輩という存在は認知のされやすさにばらつきがあるのである。ちなみにその後、うら若いアベクは過日の真夜中のアベク同様ちちくりあい始めたこと、娘の方は後日別の少年とともに我が輩のいる桜の下にやてきて、先日と同様にきと言て少年に抱きつきほどなくちちくりあい始めたことを書き添えておく。
 それはともかく、なにゆえなのか。
 我が輩は幽霊である。幽霊というものは、生きていた人間が死んだ後になるものであるという。我が輩の存在に気付く人々の話をつなぎ合わせると、どうやらそういうことらしい。
 だがしかし、我が輩には生きていた人間だたときの記憶がない。さぱりない。我が輩は我が輩が生きていた人間だたときの名前もわからない。桜の花びら一枚ほども思い出せないので、元々なかたのではないだろうか。
 我が輩は、生きていた人間が死んだ後になたものではない幽霊なのだ、きと。つまり、生まれながらの幽霊なのである。その証拠と言えるかどうかはわからないが、我が輩は生きている人間と同じように頭があて手足があるが、細部ははきりとしていない。我が輩の認知伸され具合と同様、姿形も曖昧模糊である。
 霊能者とやらが、人の形をおぼろげに保ている白い影のようなものが見えます、と我が輩を見て言ていた。ゆえに、他人から見ても人の形はしているけれどはきりしていないのは間違いないのであろう。彼か彼女かわかりませんがその人はこの世に強い未練を残して死んだのですわかります、と続けて言ていたので、やや信頼性に欠ける霊能者ではあるが。
 我が輩思う、ゆえに我が輩あり。
 我が輩は幽霊である。ゆえに我が輩の存在を認知する人とそうでない人がいる、なんとも曖昧模糊な部分を秘めている。我が輩はミステリアスな幽霊である。だがしかし、生まれながらの幽霊であるので、生きていた人間という状態に陥たことのない、希有な存在でもあた。
 公園の桜の木の下にたたずみ、何度も花が咲き散ていく様子を眺める日々も悪くはなかた。我が輩の認知のされ具合にばらつきはあるものの、我が輩に気付かない人がまたくいないわけではない。我が輩の存在に気付き、驚く人、怖がる人、話しかけてくる人と、様々な人がいてなかなか愉快な日々を送ていた。
 だがしかし、桜の木の下にいることにも少々飽いてきた。公園を訪れる人々に入れ替わりはあるが、すかりなじみとなた顔も少なくはなかた。それに、そろそろ違う場所を見てみたい。ところが我が輩は、桜の木下から離れられないのである。桜の幹からおよそ五メートルより先に、まるで見えない壁があるかのように我が輩の前進を阻むのである。これは困た。
 我が輩は幽霊である。幽霊というものは、時に生きている人間にとりつくものである。ゆえに、我が輩は適当な生きている人間にとりつくことにした。それで桜の木下から離れられなければ、また別の手立てを考えればよかろう。
 我が輩はとりつくのに適した人間を待た。探しに行きたいところであるが、あいにく我が輩は桜の木下から離れられないので、とりついていいよと言う人間が現れるのを待た。相手の都合を斟酌もせずにとりつくわけにはいかないのである。お互いの合意の上で、とりつきとりつかれなければならないと我が輩は考えているのであた。
 生きている人間にとりつこうと決めてから、何度も花は咲き散ていた。我が輩を指さして幽霊だと言た小さな子供は、いつの間にか小さな子供を伴て公園を訪れるようになていた。
 よもや、とりついていいという生きている人間は現れないのではないか。
 小さかた子供の小さな子供に、いつかのようにゆーれいだと指さされてから数日後のことだた。
 花より葉の方が目立ち始めた桜の木の下に、夜分遅く、一人の男がふらりとやてきた。コンビニのビニル袋を手に提げ、男の見た目もスーツもくたびれた様子だた。ようやく花見に行く時間が取れたと思たら夜だし葉桜だし、とぼやきながら、男は缶ビールを開ける。
 桜の木の下に敷物も敷かず腰を下ろした男は、一気に缶ビールを飲み干すと、深々とため息をついた。もうイヤになたなあ、などとのたまている。何がイヤになているのか定かではないが、何かがイヤになているのならちうどいい、我が輩がとりついてもいいかな。
 男には我が輩が見えてないようだたが、声は聞こえたようだた。声しか聞こえない人間もいることを、我が輩は長年の経験で知ていた。
 男はさほど驚きもせず、辺りを見回した。空ぽになた缶ビールを地面に置いて桜を仰ぎ見る。
 ちまたにはこの桜の木の下に幽霊がいるという噂があて、男はそれを知ていた。その幽霊があんたなのか、と淡々と尋ねてくる。我が輩が見えない彼は、我が輩のいない方を向いていたが。
 我が輩は幽霊である。生きている人間にとりついて、桜の木下から離れたい幽霊である。ゆえにとりつかせてほしいと頼むと、男は爆笑した。そして、とりつくなんてまだるこしい、どうせなら乗てしまえよ、と気前のいいことを言た。
 我が輩は幽霊である。生きている人間が我が輩に乗取られてしまうとどうなてしまうのか、やてみたことがないので具体的にはわからないが、男にとてよい状態とは言えないのではないだろうか。ところが男は、そんなことは構わないらしい。もうイヤになたからとりつかれてもいいし、なんなら我が輩と入れ替わて自分が幽霊になてもいいとさえ言う。
 奇矯な男であたが、せかくなので我が輩と入れ替わてもらうことにした。これで毎年花見ができる、と男は嬉々としてその肉体を明け渡した。我が輩も、わくわくしながら男の体に我が輩を重ね合わせた。
 我が輩は幽霊であた。我が輩に気付く人がいたりいなかたりと、認知のされ具合にばらつきのある曖昧模糊な存在であた。だがしかし、今や我が輩は肉体を得たのである。缶ビールを飲み干した直後の体はほろ酔いであた。なんだか全身に倦怠感があり、眼精疲労、頭痛、肩こり、腰痛などの諸症状を感じる。これが、生きている人間の体なのか。男がイヤになた気持ちがちとだけ分からなくもなかたが、せかく入れ替わたのだから生きている人間の体を謳歌せねばならない。
 我が輩に体を明け渡した男は、自由になたといて桜の木の下で飛び跳ねている。嬉しそうでなによりだが、桜の木の下から遠く離れられないことを言ていなかた。だがしかし、それにはすぐに気が付くであろうからよしとした。
 我が輩はこうして晴れて生きている人間となた。曖昧模糊としていた我が輩という存在は、血の通た肉体を得て、誰にも認知される実体となたのである。
 我が輩が得たものは肉体だけではなかた。幽霊であたときの我が輩には名前がなかた。だが今は、この肉体に名前がある。我が輩と入れ替わりで幽霊になた男の名前が。
 我が輩と男の体が徐々になじんでいき、男の記憶が我が輩の中に流れ込んでくる。生きていた人間だたときがない我が輩に、生きている人間の記憶が定着していく。
 我が輩は幽霊であた。名前はまだなかた。しかし今、我が輩には名前がある。
 我が輩は生きている人間である。我が輩の名は――
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