てきすとぽい
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肉小説
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〔 作品6 〕
生きるために食べなさい
(
三和すい
)
投稿時刻 : 2017.02.07 22:55
字数 : 8136
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生きるために食べなさい
三和すい
シ
ュ
ズリが狩りをするのはいつも朝か夕方だ。この砂漠で多くの生き物たちが姿を現す時間だからだ。
もう少しすれば空は紫色に変わり、夜が来る。シ
ュ
ズリの褐色の肌を突き刺すような昼間の陽射しは消え、骨にまで染み込むような寒さがや
っ
てくる。
(その前に、何か仕留めなければ
……
)
シ
ュ
ズリはもう三日も食べていなか
っ
た。まだ耐えられるが、これ以上空腹が続けば体の動きが鈍る。そうすれば狩りが失敗する可能性が大きくなる。今は独り。お腹が空いて動けなくなれば、そのまま死ぬしかない。
岩陰に身を隠したシ
ュ
ズリは周囲を注意深く見回す。見落とさないよう目を凝らし、気づかれないよう息を潜め、どれぐらいの時間が過ぎただろうか。
赤く染まり始めた砂の上に、動く黒い点を見つけた。
虫の影だ。
たいていの虫は体が白く、白い砂で覆われた地面の上では見つけにくい。だが、今は夕方。沈みゆく陽の光に照らされて白い砂の上に黒い影が伸びる。
すぐに動かなか
っ
たのは、虫までの距離がややあ
っ
たのと、虫が細長い三本足だ
っ
たからだ。あれはツエツキだ。食べられる虫の中では大きい方で、シ
ュ
ズリの頭ぐらいある。動きがそれほど素早くないので母さんがよく狩
っ
てきたが、苦みがあるその肉の味をシ
ュ
ズリは好きになれなか
っ
た。母さんはいつも自分の分よりも多い肉を食べさせてくれたが、獲物がツエツキの時だけは「もうお腹い
っ
ぱい」と嘘をついて残そうとし、何度も母に怒られた。
『次にいつ獲物が捕れるかわからないのだから、食べられる時にし
っ
かりと食べなさい』
母は優しか
っ
た。
毎日シ
ュ
ズリの黒い髪を指で丁寧に梳かしてくれたし、眠る時はいろいろな話を聞かせてくれた。夜の闇と風の音が怖くて眠れない時は、シ
ュ
ズリをし
っ
かりと抱きしめてくれた。ねぐらにしている洞窟の壁に一日一個だけ小さな傷をつけ、それが三十個になるとうれしそうにシ
ュ
ズリを抱きしめ、三十個の傷が十二回分たまり季節が一巡りすると『大きくな
っ
たわね』と涙を流して喜んでいた。
けれど、獲物を捕ることと食べることに関しては厳しか
っ
た。
食べられる生き物の見分け方、獲物の取り方、捕
っ
た獲物の食べ方、獲物の肉を長く保存しておく方法
……
その他にもいろいろなことをシ
ュ
ズリは母から教わ
っ
た。
おかげで、狩りに出かけた母が戻らなくな
っ
てから壁の傷がたくさんたくさん増えても、三十個の傷が三回分たまり季節が移
っ
ても、シ
ュ
ズリは何とか独りで生き続けることができた。
けれど、そろそろ限界だ
っ
た。
ここのところ獲物が捕れず、保存していた肉もなくな
っ
た。
あの虫を、ツエツキを食べなければ、生きていくことは難しい。
狙いを定めてシ
ュ
ズリが岩陰から飛び出そうとした時だ
っ
た。
ツエツキの近くの砂地が、弾けた。
白い砂が飛び散り、砂の中から赤い殻に覆われた生き物が姿を現した。大きな口を開け、ツエツキを丸呑みにしようと長い体をくねらせながら襲いかかる。ツエツキは驚いたように三本の脚を素早く動かし、食らいつこうとする生き物の口から逃れる。
そのまま逃げていくツエツキを、赤い殻の生き物は追いかけようとしなか
っ
た。シ
ュ
ズリの倍ぐらいありそうな長い体を起こし、両脇から十本ほど生えた小さな脚を震わす。指の形によく似た細い脚の一本が触手か鞭のようにシ
ュ
ッ
と伸び、ツエツキの白い体に巻き付いた。ツエツキは三本の脚を激しく動かしてもがくが、ズルズルと引き寄せられていき、赤い殻の生き物の口に放り込まれた。
その場でツエツキを咀嚼する生き物を、シ
ュ
ズリは茫然と見つめた。
初めて見る生き物だ
っ
た。赤い殻で体を覆われた生き物はこの辺りには多く棲んでいる。けれど、シ
ュ
ズリより大きな生き物は初めて見た。シ
ュ
ズリの母が獲
っ
てきた獲物でもここまで大きい生き物はいなか
っ
た。
(もしかして、あれがヌシなのか?)
同じ場所に長く棲み続けている生き物
――
それがヌシだ。
長く生きているのは、他の生き物を獲
っ
て食べ続けたから。
体が大きいのは、他の生き物に食べられることなく今まで生き続けたから。
そして、同じ場所に棲み続けられるのは、獲物が捕れる自分の縄張りを他の生き物から守れるほど強か
っ
たから。
つまり、この辺りで一番強い生き物だということ。
母が聞かせてくれた物語にたまに出てくるヌシがこの辺りにもいるのではないかとシ
ュ
ズリが気づいたのは独りにな
っ
てからだ。獲物を求めて歩き回
っ
ていた時に、何度か食いかけの死骸を見つけたことがあ
っ
た。まだ食べられる部分があるにもかかわらず放置されていることを不思議に思いながらも、シ
ュ
ズリは残された肉や内蔵を食べた。それを食べていなければ、シ
ュ
ズリは今生きていなか
っ
ただろう。
い
っ
たいどんな生き物が食べ残してい
っ
たのかと思
っ
ていたが、あの赤い殻に覆われたヌシがそうなのか?
初めて目にした生き物に、シ
ュ
ズリの心は不安で覆われていく。
(アレを倒せるのか?)
ツエツキはもういない。ヌシが食べてしま
っ
たから。
このままここに潜んでいても、他の獲物を見つけられるとは思えない。
そして、もうすぐ夜が来る。空腹を抱えたまま一晩を過ごした後に、狩りができるほど体が動くとは限らない。
あのヌシを食べなければシ
ュ
ズリは死ぬかもしれない。
けれど、シ
ュ
ズリは自分よりも大きな生き物と戦
っ
たことがなか
っ
た。戦
っ
て倒せると思えるほど自分の腕に自信が持てなか
っ
た。
『相手をよく観察しなさい』
シ
ュ
ズリの頭に、母の言葉がふいによみがえ
っ
た。狩りについて教わ
っ
ていた時に、母に何度も言われていたことだ。
ゆ
っ
くりと大きく息を吐いて呼吸を整え、シ
ュ
ズリはヌシを見つめる。
シ
ュ
ズリの二倍ぐらいありそうな大きな体に、分厚そうな赤い殻。殻にいくつもの継ぎ目があるのは、胴をくねらせて移動するからなのだろう。殻の表面にはいくつも傷がある。細かい物がほとんどだが、背中に大きな傷跡が一本。すでにふさが
っ
ているが、まわりよりも色が薄く、そこだけ模様か何かのように赤い殻の表面に浮き上が
っ
て見えた。
伸縮するように動いていたヌシの頭部が止ま
っ
た。赤い殻で覆われた体を大きくうねらせ、ヌシが動き出す。
口の中で噛み砕いていたツエツキを食べ終わ
っ
たのだ。ヌシがふたたび砂の中にもぐれば、シ
ュ
ズリには手が出せなくなる。
(
……
やるしかない)
シ
ュ
ズリは岩陰から飛び出した。素足の裏で砂をし
っ
かりと踏みしめ、白い砂の上を駆け抜け、背を向けているヌシとの距離をあ
っ
という間に縮める。
走りながらシ
ュ
ズリが右手の鞭を振るおうとする前に、ヌシが動いた。
シ
ュ
ズリの方に体を向け、触手をシ
ュ
ッ
と伸ばしてくる。
慌てて横に飛んだシ
ュ
ズリは、砂の上を転がりながら何とか触手を避けた。
ヌシの動きは予想していたが思
っ
たよりも速か
っ
た。大きな体なのでも
っ
と動きが遅いのかと思
っ
ていたが、鞭で一撃を与える前に気づかれたのは予想外だ。
そう言えば、前にシ
ュ
ズリの母が言
っ
ていた。たいていの生き物は襲
っ
たり襲われたりした時は動きが速くなるものだと。だから気をつけなさいと言われていたのに
……
。
唇をかみしめながら起き上がろうとするシ
ュ
ズリに、ヌシの長い触手が次々と襲いかかる。砂の上を這うようによけ、いくつかは左手の装甲で受け流す。最後に伸びてきた触手は右手の鞭ではじき返したが、やわらかそうに見えたヌシの触手に傷跡がついた様子はなか
っ
た。ツエツキぐらいの生き物ならシ
ュ
ズリの鞭で切り裂くこともできるが、ヌシには通用しないようだ。
(どうする?)
素速く起き上がりながらもシ
ュ
ズリは迷
っ
た。下手をすればこちらが食われてしまうかもしれない相手だが、体が動く内に次の獲物を見つけられるとは限らない。ここで戦うべきか、それとも逃げるべきか
……
。
迷いにシ
ュ
ズリの動きが一瞬止まる。
そのわずかな隙に、ヌシが身をひるがえした。シ
ュ
ズリに背を向けて砂の上を走り出す。
ヌシはすでにツエツキを食べている。耐えきれぬほどの空腹でなければ、無理をして手強そうな相手と戦う必要はないのだろう。
「逃すか
っ
!」
シ
ュ
ズリは後を追
っ
て走りながら鞭をふる
っ
た。だが、これは攻撃するためではない。五又に分かれた鞭先の爪をヌシの体に引
っ
かける。引きずられる力を利用して、シ
ュ
ズリはヌシの背中にまたが
っ
た。
左手の装甲で相手からの攻撃を弾き、右手の鞭で切り裂くか、捕らえて短刀でとどめを刺すのがシ
ュ
ズリの狩りのやり方だ。
しかし、それが効かない相手にはこうするしかない。
シ
ュ
ズリは赤い装甲で覆われた左手を握りしめると、ヌシの背中を殴りつけた。ヌシの体を覆う赤い殻は硬い。殴
っ
ただけでは傷つけることさえ難しいだろう。だから、シ
ュ
ズリはヌシの背中に大きく走る傷跡を狙
っ
た。周りの殻の色とは明らかに違う、治りき
っ
ていない傷口ならば
――
。
二度三度殴り、四度目に拳を叩きつけた時に手応えが変わ
っ
た。六度目で拳がズブリと傷跡に突き刺さり、シ
ュ
ズリはそのまま装甲で覆われた左手をねじ込んだ。
ヌシが身をそらし、咆吼をあげる。
激しく体を揺らすヌシの背中に必死にしがみつきながら、シ
ュ
ズリは左手をさらに深く突き刺した。ヌシの傷口から赤い体液が吹き出す。ヌシの体の長さはシ
ュ
ズリの二倍ほどあるが、細長い胴体はそれほど太くない。内臓は、命に関わる臓器は、すぐそこにあるはず。
何かをつかんで引きちぎり、また何かをつかんで引きちぎる。そして三度目につかもうとした時、シ
ュ
ズリは背中から振り落とされた。
ヌシの体液を浴びてぬれたせいで、砂地に放り出されたシ
ュ
ズリは砂まみれだ。立ち上が
っ
て顔についた砂を乱暴にぬぐい、シ
ュ
ズリはヌシを見つめた。
ヌシの動きはすでに緩慢だ
っ
た。傷口から赤い体液が流れ出す勢いも落ちている。砂の中に逃げ込むつもりなのか、弱々しく頭を持ち上げ、砂に顔を突
っ
込み、そこで動きを止めた。
シ
ュ
ズリは大きく息を吐くとその場に座り込んだ。体は痛みと疲労感を訴えていたが、心は妙に高揚していた。
(できた
……
私にもできた
……
)
独りでも自分より大きな獲物を仕留めることができた。それは、シ
ュ
ズリが頑張
っ
たからだ。そして、母が狩りを教えてくれたから。
にじむ涙をぬぐい、シ
ュ
ズリは立ち上が
っ
た。
母が教えてくれたことは狩りの仕方だけではない。獲物の肉を長く保存しておく方法もだ。仕留めた獲物は早く処理しないとダメなりやすい。少なくとも、処理が遅いと不味くなる。
シ
ュ
ズリが動かなくな
っ
たヌシの赤い殻に手をかけた時だ
っ
だ。
「そいつは食べない方がいい」
背後から聞こえた声に、シ
ュ
ズリはハ