てきすとぽい
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嘘つき茉莉ちゃん
(
大沢愛
)
投稿時刻 : 2017.02.18 23:45
字数 : 3291
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嘘つき茉莉ちゃん
大沢愛
「ねえ、有機溶剤の『シンナー
』の語源
っ
て知
っ
てる?『Sinner』、つまり『罪人』なんだよ。吸引して酩酊状態にな
っ
た人間が、地獄に堕ちた亡者の姿に似ているから、だ
っ
て」
「なにそれ? 知らなか
っ
た」
「まあ、嘘なんだけど」
ちなみに、シンナー
の正しい綴りはThinnerだから。
茉莉はいつもそうだ。
ふ
っ
と、突拍子もないことを言う。
どこかで聞きかじ
っ
たこと、というよりも、茉莉自身の頭の中で思いついたことみたいで、だからそんなに腹は立たない。すぐに「嘘だ」と自分から言うので「馬鹿にされた」感もすくない。でも、人によ
っ
ては大袈裟にうなずいたり、よせばいいのに「私も知
っ
てるー
」と乗
っ
か
っ
たりして、ネタばらしがダメー
ジにな
っ
てしまうこともある。どう考えても知
っ
たかぶりをするのが悪い、と思うけれど、その子たちは茉莉を嫌うようになる。嫌われても茉莉は動じない。屈託なく笑
っ
て見せるけれど、それが嘲笑に映
っ
てしまうこともあるだろう。
そんな茉莉だから、周りからは「嘘つき茉莉」と呼ばれている。
それはなんだか言い過ぎじ
ゃ
ないのか、と思う。でも、う
っ
かり弁護すると「お前も嘘つきの仲間か」と言われてしまう。
私は茉莉の友だちで、嘘つきの仲間じ
ゃ
ない。
だ
っ
たら茉莉を守
っ
て戦うべきかもしれない。でも、実際にそれをや
っ
ち
ゃ
うと、周りから人がいなくなる。私だ
っ
ていちおう、クラスの中で生きていくためには、人間関係をうまくやる必要がある。クラスの大勢を左右している瑞希や男女問わず人気のある瑠菜、陰口ばかりで嫌われているけれど正面切
っ
て敵対したらまずいことになる菜月・莉央。すくなくとも事を構えたらろくなことにならない。この子たちにと
っ
て茉莉は安心して攻撃できる相手で、そのお仲間と目されたらどうなるか。
人目のあるところで茉莉と一緒に居るのは避けよう、と思
っ
た。
同じクラスにな
っ
たとき、茉莉はとても目立つ存在だ
っ
た。
ものすごく可愛い。
たとえば瑠菜はナチ
ュ
ラルメイクを欠かさず、男の子たちはそれをノー
メイクだと信じ込んでいたけれど、茉莉はほんとうになにもしていなか
っ
た。一度、お泊りのときに一緒にお風呂に入
っ
て、寝るまで顔を見ていたけれど、そのままだ
っ
た。
ところが、クラスでは茉莉はメイクをしていることにな
っ
ていた。たぶん、瑠菜の友だち関係から出た言葉が菜月・莉央を介して広ま
っ
たんだと思う。
「ああいう勘違いしたブスがいちばんウザいよねー
」
聞こえよがしに言うのは、たいていは瑠菜のシンパだ
っ
た。茉莉がブスなら、その子は便所掃除庫の放置雑巾以下だけれど、平然と口にできてしまう。力関係
っ
ていうのはそういうものだ。
月イチの服装チ
ェ
ッ
クで、茉莉はいつも先生に呼び止められた。担任の大世戸先生は四十代の男性で、恫喝して化粧したと認めさせようとする。でも茉莉はにこにこしながら「してませんよ、先生」と言う。そこで生活指導の多々良先生が登場する。白髪の女性で、左手でや
っ
たみたいな厚化粧の多々良先生は、顔を近づけて点検したあと、なぜ化粧をしてはならないか、長々と語
っ
た。勉学の妨げになるのはもちろん、化粧をしていると隙が生まれ、性被害にも遭いやすいそうだ。茉莉はやはりにこにこしながら聞いて、喋り疲れた多々良先生に頭を下げる。
「すみませんでした、
っ
て認めてしまえばすぐ終わるじ
ゃ
ん。再検査なんて形だけなんだし」
私がそう言うと、不思議そうな顔でこ
っ
ちを見る。
「だ
っ
て、私、嘘はつきたくないもの」
なんだか笑いそうになるのを堪える。茉莉は本気だ。
嘘はつきたくない? そうなの?
「私、自分の顔が好きだよ。洗
っ
て剃
っ
てるけれど、石鹸とか使わないし。ねえ、愛はどう思う?」
そう言
っ
て顔を向ける。肌はまるで赤ん坊みたいにもちもちで、触れるとう
っ
とりする。だから触れないけれど。目はぱ
っ
ちりしていて、なによりもマスカラも使
っ
てないのに睫毛がきれいにカー
ルしている。唇だ
っ
て、ふ
っ
くらした薄紅色の天然ものだ。
「きれいだよ」
私がそう言うと、ち
ょ
っ
と顔を赤らめる。あんまり見ないでよ、と思う。分か
っ
てるんだよ、レベルの違いは、うん。
茉莉の「好き」は、私にと
っ
て聞き流せない。
だ
っ
て、以前、言われたことがあるからだ。
「私、愛のこと、好きだよ」
四月の終わりだ
っ
た。外掃除で、アスフ
ァ
ルトにこびりついた桜の花びらを熊手で掻き剥がしていた。あんなにきれいだ
っ
た桜が地面に落ちるとただのゴミにしかならない。熊手を使
っ
ていた私と、ちりとり係の茉莉が、組にな
っ
てごみ集積場まで持
っ
て行く途中、不意にそう言われたのだ。
正直に言うと、とても嬉しか
っ
た。クラスではいちばんきれいで可愛い子が、私のことを好きだ
っ
て。ち
ょ
っ
と誇らしい気がしながら、私は言
っ
た。
「ありがとう」
茉莉の顔が紅潮した。散る前の桜みたいだ、と思
っ
た。
「い
っ
し
ょ
にいてくれる?」
「いいよ、よろしくね」
その言葉通り、翌日からふたりで行動するようにな
っ
た。そのころには茉莉は瑞希たちのグルー
プから声を掛けられていたけれど、振り切
っ
て私とい
っ
し
ょ
に居た。力関係から考えて、あんまり機嫌を損ねない方がいいと思
っ
たけれど、茉莉は聞く耳持たなか
っ
た。
「べつにいいよ」
そう言
っ
て笑う。それは嬉しか
っ
たけれど、このままだととんでもないことになりそうな気がしていた。
でも、その不安は一掃された。
茉莉が「嘘つき」にな
っ
たからだ。
いろんな子たちの前で、本当だか嘘だかわからない話をしては「嘘だよ」で締めくく
っ
た。何度も繰り返すうちに、きれいで可愛い茉莉のイメー
ジは「イタい子」へと変わ
っ
て行
っ
た。
私は、茉莉のそんな話を普通に聞いていた。嘘だと分か
っ
ても、かえ
っ
て感心したりした。私をだますつもりはないのが分か
っ
ていたから。ち
ょ
っ
と笑
っ
て欲しが
っ
ているだけだ、というのが伝わ
っ
て来たから。私は茉莉のことが好きだ
っ
たし、い
っ
し
ょ
に居るのは嫌じ
ゃ
ない。
でも、茉莉が「嘘つき」として認知されてからは、い
っ
し
ょ
に過ごすのは学校が終わ
っ
て、校門を出てからにな
っ
た。
みんなの前でそういう話をするのはやめなよ、と言うつもりはなか
っ
た。言えばどうなるか、分か
っ
ている。聞き流していれば、私は茉莉にと
っ
て、ち
ょ
っ
とだけ親しい友だちのポジシ
ョ
ンのままでいられる。
茉莉は私には嘘はつかなか
っ
た。
「嘘だよ」と付け加える話は、嘘じ
ゃ
ない。「嘘だよ」こみでのほんとうの話だ。
「愛のこと、好きだよ」
何度も言われた。そのたびに「私も好きだよ」と返した。
最初のころに見せた笑顔はしだいにうすらいで、どこかあきらめに似た表情へと変わ
っ
た。
最後に「好きだよ」と言われたときのことを憶えている。私が返そうとすると、茉莉は「もういい」とだけ言
っ
た。
「ありがとうね」
そう言
っ
て、その日は別れた。夜、ひとことだけのLINEが入
っ
た。
「明日、学校やめるから」
私のあり
っ
たけの返信はすべて既読スルー
された。
なにも言いたくないのだ。たぶん、私が茉莉の言葉をスルー
してきたから。
だ
っ
て、どうしようもなか
っ
た。
応えられないよ。
茉莉は、嘘はつかない。とりあえず明日だ。
それから夜明けまで、私はまんじりともしなか
っ
た。
翌日、茉莉の机は空だ
っ
た。担任の大世戸先生に訊いても言葉を濁した。
7限のあとの終礼に、茉莉は現れた。大世戸先生の口から、転校することが告げられた。ざわつく教室の中、うつむいた茉莉はや
っ
ぱりきれいだ
っ
た。
最後に、茉莉が教卓の前に立
っ
た。教室を見渡し、私と目が合う。
「臨時ニ
ュ
ー
スをお伝えします」
またか、という空気が漂う。私は目を逸らせなか
っ
た。
「私こと三上茉莉は、本日付で転校することになりました。大好きな大沢さんとお別れすることだけが辛いです。昨日、い
っ
し
ょ