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第37回 てきすとぽい杯〈てきすとぽい始動5周年記念〉
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嘘つき茉莉ちゃん
大沢愛
 投稿時刻 : 2017.02.18 23:45
 字数 : 3291
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嘘つき茉莉ちゃん
大沢愛


「ねえ、有機溶剤の『シンナー』の語源て知てる?『Sinner』、つまり『罪人』なんだよ。吸引して酩酊状態になた人間が、地獄に堕ちた亡者の姿に似ているから、だて」
「なにそれ? 知らなかた」
「まあ、嘘なんだけど」
 ちなみに、シンナーの正しい綴りはThinnerだから。

 茉莉はいつもそうだ。
 ふと、突拍子もないことを言う。
 どこかで聞きかじたこと、というよりも、茉莉自身の頭の中で思いついたことみたいで、だからそんなに腹は立たない。すぐに「嘘だ」と自分から言うので「馬鹿にされた」感もすくない。でも、人によては大袈裟にうなずいたり、よせばいいのに「私も知てるー」と乗たりして、ネタばらしがダメージになてしまうこともある。どう考えても知たかぶりをするのが悪い、と思うけれど、その子たちは茉莉を嫌うようになる。嫌われても茉莉は動じない。屈託なく笑て見せるけれど、それが嘲笑に映てしまうこともあるだろう。
 そんな茉莉だから、周りからは「嘘つき茉莉」と呼ばれている。
 それはなんだか言い過ぎじないのか、と思う。でも、うかり弁護すると「お前も嘘つきの仲間か」と言われてしまう。
 私は茉莉の友だちで、嘘つきの仲間じない。
 だたら茉莉を守て戦うべきかもしれない。でも、実際にそれをやうと、周りから人がいなくなる。私だていちおう、クラスの中で生きていくためには、人間関係をうまくやる必要がある。クラスの大勢を左右している瑞希や男女問わず人気のある瑠菜、陰口ばかりで嫌われているけれど正面切て敵対したらまずいことになる菜月・莉央。すくなくとも事を構えたらろくなことにならない。この子たちにとて茉莉は安心して攻撃できる相手で、そのお仲間と目されたらどうなるか。

 人目のあるところで茉莉と一緒に居るのは避けよう、と思た。

 同じクラスになたとき、茉莉はとても目立つ存在だた。
 ものすごく可愛い。
 たとえば瑠菜はナチラルメイクを欠かさず、男の子たちはそれをノーメイクだと信じ込んでいたけれど、茉莉はほんとうになにもしていなかた。一度、お泊りのときに一緒にお風呂に入て、寝るまで顔を見ていたけれど、そのままだた。
 ところが、クラスでは茉莉はメイクをしていることになていた。たぶん、瑠菜の友だち関係から出た言葉が菜月・莉央を介して広またんだと思う。
「ああいう勘違いしたブスがいちばんウザいよねー
 聞こえよがしに言うのは、たいていは瑠菜のシンパだた。茉莉がブスなら、その子は便所掃除庫の放置雑巾以下だけれど、平然と口にできてしまう。力関係ていうのはそういうものだ。
 月イチの服装チクで、茉莉はいつも先生に呼び止められた。担任の大世戸先生は四十代の男性で、恫喝して化粧したと認めさせようとする。でも茉莉はにこにこしながら「してませんよ、先生」と言う。そこで生活指導の多々良先生が登場する。白髪の女性で、左手でやたみたいな厚化粧の多々良先生は、顔を近づけて点検したあと、なぜ化粧をしてはならないか、長々と語た。勉学の妨げになるのはもちろん、化粧をしていると隙が生まれ、性被害にも遭いやすいそうだ。茉莉はやはりにこにこしながら聞いて、喋り疲れた多々良先生に頭を下げる。
「すみませんでした、て認めてしまえばすぐ終わるじん。再検査なんて形だけなんだし」
 私がそう言うと、不思議そうな顔でこちを見る。
「だて、私、嘘はつきたくないもの」
 
 なんだか笑いそうになるのを堪える。茉莉は本気だ。
嘘はつきたくない? そうなの?
「私、自分の顔が好きだよ。洗て剃てるけれど、石鹸とか使わないし。ねえ、愛はどう思う?」
 そう言て顔を向ける。肌はまるで赤ん坊みたいにもちもちで、触れるとうとりする。だから触れないけれど。目はぱちりしていて、なによりもマスカラも使てないのに睫毛がきれいにカールしている。唇だて、ふくらした薄紅色の天然ものだ。
「きれいだよ」
 私がそう言うと、ちと顔を赤らめる。あんまり見ないでよ、と思う。分かてるんだよ、レベルの違いは、うん。

 茉莉の「好き」は、私にとて聞き流せない。
 だて、以前、言われたことがあるからだ。
「私、愛のこと、好きだよ」
 四月の終わりだた。外掃除で、アスフルトにこびりついた桜の花びらを熊手で掻き剥がしていた。あんなにきれいだた桜が地面に落ちるとただのゴミにしかならない。熊手を使ていた私と、ちりとり係の茉莉が、組になてごみ集積場まで持て行く途中、不意にそう言われたのだ。
 正直に言うと、とても嬉しかた。クラスではいちばんきれいで可愛い子が、私のことを好きだて。ちと誇らしい気がしながら、私は言た。
「ありがとう」
 茉莉の顔が紅潮した。散る前の桜みたいだ、と思た。
「いにいてくれる?」
「いいよ、よろしくね」
 その言葉通り、翌日からふたりで行動するようになた。そのころには茉莉は瑞希たちのグループから声を掛けられていたけれど、振り切て私といに居た。力関係から考えて、あんまり機嫌を損ねない方がいいと思たけれど、茉莉は聞く耳持たなかた。
「べつにいいよ」
 そう言て笑う。それは嬉しかたけれど、このままだととんでもないことになりそうな気がしていた。
 
 でも、その不安は一掃された。
 茉莉が「嘘つき」になたからだ。
 いろんな子たちの前で、本当だか嘘だかわからない話をしては「嘘だよ」で締めくくた。何度も繰り返すうちに、きれいで可愛い茉莉のイメージは「イタい子」へと変わて行た。
 私は、茉莉のそんな話を普通に聞いていた。嘘だと分かても、かえて感心したりした。私をだますつもりはないのが分かていたから。ちと笑て欲しがているだけだ、というのが伝わて来たから。私は茉莉のことが好きだたし、いに居るのは嫌じない。
 でも、茉莉が「嘘つき」として認知されてからは、いに過ごすのは学校が終わて、校門を出てからになた。
 みんなの前でそういう話をするのはやめなよ、と言うつもりはなかた。言えばどうなるか、分かている。聞き流していれば、私は茉莉にとて、ちとだけ親しい友だちのポジシンのままでいられる。
 
 茉莉は私には嘘はつかなかた。
「嘘だよ」と付け加える話は、嘘じない。「嘘だよ」こみでのほんとうの話だ。
「愛のこと、好きだよ」
 何度も言われた。そのたびに「私も好きだよ」と返した。
 最初のころに見せた笑顔はしだいにうすらいで、どこかあきらめに似た表情へと変わた。
 最後に「好きだよ」と言われたときのことを憶えている。私が返そうとすると、茉莉は「もういい」とだけ言た。
「ありがとうね」
 そう言て、その日は別れた。夜、ひとことだけのLINEが入た。
「明日、学校やめるから」
 私のありたけの返信はすべて既読スルーされた。
 なにも言いたくないのだ。たぶん、私が茉莉の言葉をスルーしてきたから。
 だて、どうしようもなかた。
 応えられないよ。
 茉莉は、嘘はつかない。とりあえず明日だ。
 それから夜明けまで、私はまんじりともしなかた。

 翌日、茉莉の机は空だた。担任の大世戸先生に訊いても言葉を濁した。
 7限のあとの終礼に、茉莉は現れた。大世戸先生の口から、転校することが告げられた。ざわつく教室の中、うつむいた茉莉はやぱりきれいだた。
 最後に、茉莉が教卓の前に立た。教室を見渡し、私と目が合う。
「臨時ニスをお伝えします」
 またか、という空気が漂う。私は目を逸らせなかた。
「私こと三上茉莉は、本日付で転校することになりました。大好きな大沢さんとお別れすることだけが辛いです。昨日、いに行てね、とお願いしましたが、見事にふられました。とても残念です」
教室がどとわいた。
 つまんない冗談いてんじないよ、と心の中で叫ぶ。そうじないだろ。
 涙が出そうになる。
「嘘です」

 一礼して、教室を出ていく。

 嘘つき。ほんと嘘つき。

 あんた、最後に嘘ついたね。


 その日、私にとてはじめて、茉莉は「嘘つき」になた。
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