『臨時ニュースをお伝えします』

　機械音のような音が聞こえた。しかし、それでも酒場の男達は身じろぎ一つしない。
　壁にかけられた大きなテレビモニターには雑音まみれの砂嵐。その向こうにうっすらと見える人らしき影が「ニュース」「ニュース」「臨時ニュース」と壊れたように音を放ち続ける。
　そのくせ、一向にそのニュースとやらを口にしようとしないのである。

「おおいニュースはどうなってやがるんだ」

　一人の酔客が下卑た笑い声とともに、テレビに向かってジョッキを投げつける。
　激しい音がして、テレビの端が大きく凹んだが、その程度では壊れない。ずいぶんと頑丈なテレビもあったものだ。
　男の行動を咎めるものや叱るものは誰もいない。男達は随分と酔っているのか、やんややんやの大騒ぎ。皆がふざけてテレビに向かってジョッキやら、グラスをどんどんと投げつけはじめた。
　僕は無感情に、飛び散るグラスや酒を避けながら、熱いウイスキーを胃に流し込む。
　古いリカーショップを改装したいびつな酒場は、壁にも扉の前にも酒瓶が山積みだ。つまみは缶詰。椅子はちょうど20個。先日までは一杯だったが、今日は8名にまで減っている。

「最近は臨時ニュースばかりだね。しかも、いつも続きを言ってくれない」
　慣れないウイスキーにくらくらと酔いながら僕は言う。
「そりゃそうさ」
　僕の隣で甘いラムを煽る男がにやにやと笑い、酒臭いゲップを漏らした。
　思わず顔を背けるが、男はからかうように僕に顔を近づけて酒の香りをまき散らすのだ。
「なんたって、アナウンサーにゃ原稿がない。原稿のないアナウンサーなんざ、アルコールのない酒みたいなもんさ」
「じゃあ臨時ニュース、なんて言わなきゃいいのに」
　頭をめちゃくちゃにかき回されながら、僕は必死に男を押し返す。しかし男はびくりとも動かない。みれば彼の体は全身が鋼のような筋肉だ。……いや、彼だけじゃない。

「いや、それが、言いたいんだなぁ。せっかく人間を滅ぼして世界を奪った機械達は、人間様の真似をしたくて堪らないらしい……いや、真似しかできねえのさ」

『臨時ニュースです』
　壊れかけたテレビが、一瞬だけ鮮明に写る。その向こうに見えたのは、血まみれのスタジオだ。
　床にはカメラマンらしき男が頭を割られて倒れている。その上に臥せるのはアナウンサーの女か。綺麗なスーツは血まみれで、足は既に白骨化が始まっている。
　そんなアナウンサーに代わり、椅子に腰掛けるのは銀色の固まり。人に似ても似つかない、機械の体、機械の頭。機械の口と機械の眼がカメラに向かう。

『冬が終わり』

　それは無感情に、手に持つぼろぼろの紙を読み上げる。

『春がきました』

「こいつは確かに、驚きの臨時ニュースだね」
　男が腕を鳴らして立ち上がる。浴びるほど飲んでいたはずの酒は、彼の体からすっかり消えた。みれば8名の男達は皆立ち上がっていた。
　足元に隠してあった武器をそれぞれに取り、そして……。
「きな、坊主。どうせここだってそのうち、奴等にぶっつぶされる」
「どこへ？」
「そうさなあ」
　あれほど飲んでいたはずの男達だというのに、足下一つ揺るがない。僕も立ち上がった瞬間に、酒精が一気に消え失せた。
　……扉が。あれほど頑丈に閉じておいたはずの扉が、ゆっくりと軋んでいる！
　扉を押さえるように置いてあった酒瓶の箱は激しく揺れて、一本、一本、床に落ちて割れる。酒場中に、濃厚な酒の香りが舞い散る。でも、それで酔う男はもう誰もいない。
「坊やは花見ってのを、したことがあるかい？」
　腕が一本ない男が、口先で銃弾を装填する。
「春が来たっていうんなら、行ってやろうぜ、花見にでもさ。そこで花見酒だ」

『臨時ニュースです』
　
　テレビはまた狂ったように、続きのないニュースを伝えようとする。
　恐らく、機械人形の足下で血まみれになっているアナウンサーが最後に呟いたのがその言葉なのだろう。
　しかしその続きを知らない彼らは、テレビ局に散らばったニュース記事をかき集めて、時々、それを読み上げることしかできない。だから続きを言う時もあれば、言わないこともある。
「臨時ニュース……たってさ」
　ラム酒の男はポケットから手榴弾をひとつ。口にくわえ、安全ピンをひょいっと抜く。同時に、軋んだ扉が揺れて大きく膨らみ、そして外れた。
　扉の向こうは激しく降る雪。そしてそこにたち並ぶ機械人間の銀色の体。

「これ以上、狂った臨時ニュースってあるかい？」

　男の投げた手榴弾が雪原に花のように開く。僕達は、ニュースの続きを知らないまま喉の奥から雄叫びを上げて駆け出した。

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