第37回 てきすとぽい杯〈てきすとぽい始動5周年記念〉
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ニュースの続き
みお
投稿時刻 : 2017.02.18 23:35
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みお


『臨時ニスをお伝えします』

 機械音のような音が聞こえた。しかし、それでも酒場の男達は身じろぎ一つしない。
 壁にかけられた大きなテレビモニターには雑音まみれの砂嵐。その向こうにうすらと見える人らしき影が「ニス」「ニス」「臨時ニス」と壊れたように音を放ち続ける。
 そのくせ、一向にそのニスとやらを口にしようとしないのである。

「おおいニスはどうなてやがるんだ」

 一人の酔客が下卑た笑い声とともに、テレビに向かてジキを投げつける。
 激しい音がして、テレビの端が大きく凹んだが、その程度では壊れない。ずいぶんと頑丈なテレビもあたものだ。
 男の行動を咎めるものや叱るものは誰もいない。男達は随分と酔ているのか、やんややんやの大騒ぎ。皆がふざけてテレビに向かてジキやら、グラスをどんどんと投げつけはじめた。
 僕は無感情に、飛び散るグラスや酒を避けながら、熱いウイスキーを胃に流し込む。
 古いリカープを改装したいびつな酒場は、壁にも扉の前にも酒瓶が山積みだ。つまみは缶詰。椅子はちうど20個。先日までは一杯だたが、今日は8名にまで減ている。

「最近は臨時ニスばかりだね。しかも、いつも続きを言てくれない」
 慣れないウイスキーにくらくらと酔いながら僕は言う。
「そりそうさ」
 僕の隣で甘いラムを煽る男がにやにやと笑い、酒臭いゲプを漏らした。
 思わず顔を背けるが、男はからかうように僕に顔を近づけて酒の香りをまき散らすのだ。
「なんたて、アナウンサー原稿がない。原稿のないアナウンサーなんざ、アルコールのない酒みたいなもんさ」
「じあ臨時ニス、なんて言わなきいいのに」
 頭をめちくちにかき回されながら、僕は必死に男を押し返す。しかし男はびくりとも動かない。みれば彼の体は全身が鋼のような筋肉だ。……いや、彼だけじない。

「いや、それが、言いたいんだな。せかく人間を滅ぼして世界を奪た機械達は、人間様の真似をしたくて堪らないらしい……いや、真似しかできねえのさ」

『臨時ニスです』
 壊れかけたテレビが、一瞬だけ鮮明に写る。その向こうに見えたのは、血まみれのスタジオだ。
 床にはカメラマンらしき男が頭を割られて倒れている。その上に臥せるのはアナウンサーの女か。綺麗なスーツは血まみれで、足は既に白骨化が始まている。
 そんなアナウンサーに代わり、椅子に腰掛けるのは銀色の固まり。人に似ても似つかない、機械の体、機械の頭。機械の口と機械の眼がカメラに向かう。

『冬が終わり』

 それは無感情に、手に持つぼろぼろの紙を読み上げる。

『春がきました』

「こいつは確かに、驚きの臨時ニスだね」
 男が腕を鳴らして立ち上がる。浴びるほど飲んでいたはずの酒は、彼の体からすかり消えた。みれば8名の男達は皆立ち上がていた。
 足元に隠してあた武器をそれぞれに取り、そして……
「きな、坊主。どうせここだてそのうち、奴等にぶつぶされる」
「どこへ?」
「そうさなあ」
 あれほど飲んでいたはずの男達だというのに、足下一つ揺るがない。僕も立ち上がた瞬間に、酒精が一気に消え失せた。
 ……扉が。あれほど頑丈に閉じておいたはずの扉が、ゆくりと軋んでいる!
 扉を押さえるように置いてあた酒瓶の箱は激しく揺れて、一本、一本、床に落ちて割れる。酒場中に、濃厚な酒の香りが舞い散る。でも、それで酔う男はもう誰もいない。
「坊やは花見てのを、したことがあるかい?」
 腕が一本ない男が、口先で銃弾を装填する。
「春が来たていうんなら、行てやろうぜ、花見にでもさ。そこで花見酒だ」

『臨時ニスです』
 
 テレビはまた狂たように、続きのないニスを伝えようとする。
 恐らく、機械人形の足下で血まみれになているアナウンサーが最後に呟いたのがその言葉なのだろう。
 しかしその続きを知らない彼らは、テレビ局に散らばたニス記事をかき集めて、時々、それを読み上げることしかできない。だから続きを言う時もあれば、言わないこともある。
「臨時ニ……てさ」
 ラム酒の男はポケトから手榴弾をひとつ。口にくわえ、安全ピンをひと抜く。同時に、軋んだ扉が揺れて大きく膨らみ、そして外れた。
 扉の向こうは激しく降る雪。そしてそこにたち並ぶ機械人間の銀色の体。

「これ以上、狂た臨時ニてあるかい?」

 男の投げた手榴弾が雪原に花のように開く。僕達は、ニスの続きを知らないまま喉の奥から雄叫びを上げて駆け出した。
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