マルチレイト・ポリィアンドリィ
「あまり身内のことを褒めるのも品のないことですけれど、主人は本当に私にはも
ったいないようないい人なのです」
屋敷の庭園にお友達を招き、穏やかな午後のティーパーティを行っている。
集まってくれた彼女たちは、日頃の憂さ晴らしとでもいうようにそれぞれの旦那の悪口をそのお上品な口から話してくれた。
けれど、私は夫を大変、愛しておりそのような悪口も思い浮かばなかったので、ただ素直に主人のことを話した。
「ええ、悪いところがないわけではないのですよ。ただ、そのようなところもお願いすれば改めてくれますの」
「それはまことうらやましいですね。ご結婚されて何年でしょうか。もう長いのでしょう?」
「三十年になります。もちろん歳をとって老いているわけですが、それでも毎日見惚れてしまいますの」
「まあ、おあつい」
奥様もまだまだお美しい、とお世辞をもらう。
「無口なところが世間的には悪いとも思えますが、私もあまり会話が好きなほうではありませんから、静かにふたりで同じ部屋にいられれば幸せだなと」
本当に素敵な人なのだ。
容姿もほとんどが私の好みで、怒鳴ったり、おかしな命令をするようなこともない。最後に怒られたのは新婚の頃ではないだろうか。そのときは私も若かったので強く反抗してしまった。
その後、いつからかケンカをした記憶はない。
だんだんとお互い歳をとり、落ち着いて、相手の考えていることがわかるようになった。私はいつでも彼が幸せでいられることを一番に考えて尽くすことにしている。それが私の幸せでもあると気付いたからだ。
だから、主人に対して悪口というようなものは持たない。
たまには、ちょっとこういったところは直してほしいな、という辺りに気付いたりもするが、そこはお互いが歩み寄って改善していくことができる。それが幸せな結婚生活というものだ。
「ご主人、今日はどこかへ行かれているのかしら」
そんなに素晴らしい人なら会ってみたいわ、と皆が盛り上がった。
「挨拶もなくすみません。あまり人と会うのを好まない人なので」
それでも自慢の主人を紹介したいという気持ちもあった。それに用事もあるので、ちょうどいいとも考えた。
「書斎の方におりますので、ご足労頂けますでしょうか」
呼び出すだけでは来てくれないだろうことを話す。そして、奥様方と連れ立って屋敷の奥にある書斎へと向かった。
「どのような方かしら」
「きっと素敵な方なのでしょう」
「ええ」私は微笑む。「本当に私にはもったいなく」
書斎に着いた。扉をノックする。返事はない。
「お仕事中すみません。私のお友達に貴方をひとめ紹介したいのです。とても自慢をしてしまいました」
扉を開く。仕切りがあるのでまだ奥は見えない。期待のこもった軽い会話をはずませながら、ゆっくりと進んで行く。仕切りが途切れたところで、悲鳴があがった。
どうしたのだろう。奥様方がみんな腰を抜かして泣き喚いている。
「いかがですか? あちらが私の主人です」
私の自慢の主人は壁に磔にしてあった。
キリストのごとく体で十字をつくり、しかし頭も正面を見るように固定している。
美しい裸体だ。
見つめ合うたびにうっとりする。
「な、な、な、なんですかこれは」
「主人です」
「し、死んでる……」奥様の一人が震えながら誰に話しかけるでもなく言った。
死。死とはなんだろうか。
私はこの人を愛しているし、この人も私に永遠の愛を誓った。それは死を迎えたとしても途切れることのない契りだ。主人は私の中で生きている。三十年間ずっと、あのケンカの日に私が彼を殺してからずっと。
私は主人の元へと近づく。
「美しいでしょう? 最近のお気に入りはこの右手です」
磔にされて大きく広げられた腕の先にある彼の右手にふれる。手首のところで一度体が途切れている。
「先月、ふと気付いたのですが元の主人の手は少し毛深かったのです。ですから代わりの人間から美しい手を持ってきましたの。できれば左手もほしかったのですが、結婚指輪の跡が醜くあきらめました。また別の人間のものを探さなければいけませんね」
主人は、いろいろなつぎはぎで日々、改良されている。
綺麗な顔の人から顔をもらい、たくましい足を持った人から足をもらう。そうして少しずつ理想の主人に近づけている。
「今日、お招きしたのも主人のためなのです。ふと気付いたのですがあまり美しい髪ではありませんよね。ですから奥様方からその綺麗で艶のあるうららかな髪の毛を提供して頂きたいと」
ひとりの奥様が叫びながら立ち上がり、今にもイノシシにみたいにはしたなく突進しそうだったので足を撃った。銃声が響き、なにが起こったのか認識したあとでまた悲鳴があがる。
「野蛮なことはやめてくださいませ。主人のうるわしい髪の毛が乱れてしまいます」
「髪はあげます。いくらでも。だから命だけは」
「ああ、醜い」私はそんな彼女たちの顔を見て、心底気持ちが悪いと思う。「主人と同じ髪を持った女性が世間を歩いているなんてそんな気味の悪いことが許せるわけないでしょう?」
彼女たちの心臓を撃っていく。
頭は傷つけたくない。
彼女たちの頭から伸びる髪の毛はこれから愛しい私の主人のものとなるのだ。
煙の匂い。
血の匂い。
室内から声が一切消えて、沈黙が訪れる。
あなたが幾人からできていようとも、私の誓いは変わりません。
「愛しております。あなた……」 <了>