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「覆面作家」小説バトルロイヤル!
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純愛テーマパーク
(
白取よしひと
)
投稿時刻 : 2017.07.07 23:39
最終更新 : 2017.07.08 02:32
字数 : 6605
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更新履歴
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2017/07/08 02:32:39
-
2017/07/07 23:39:10
純愛テーマパーク
白取よしひと
お題:純愛/テー
マパー
ク
また、同じ夢を見た。真夜中。静まり返
っ
たテー
マパー
ク。
華やかなネオンは吹き消され、アトラクシ
ョ
ンも沈黙している。
お決まりで、白い子犬が現れた。子犬は、アトラクシ
ョ
ンの間を駆けまわる。
けれども、決してこちらに近づかない。
追いかけた。だけど子犬は闇に紛れて、その姿を消してしまう。
雨上がりのアスフ
ァ
ルトが、華やかなネオンを鈍く返した。着飾
っ
た女のチラシが、べ
っ
たりと路面に貼り付き、さまよう男たちの靴に踏まれている。
熱帯夜。風俗店がひしめくこの裏通りは、昼の熱気を持て余すのか、アンモニアにも似た悪臭を漂わせる。けれども、この夜の臭いには、と
っ
くに慣れてしま
っ
た。
「駄目だね。今夜は」
有紀は、そう吐き出すと、短いスカー
トから露わに出した白い足を折り曲げて、手にしたチラシを足下の箱に押し入れた。
客引きの専業たちは表通りに出張
っ
ている。わたしたち従業員は、当番にあたると店前で客を引き込む。店内の接待ほど点数にならないが、引き込んだ数だけ歩合に入れてもらえた。
年の近い有紀とは、ZENONに入
っ
てすぐに、なかよしになれた。初めてキ
ャ
バクラに勤めて緊張していたけれど、彼女の存在に随分と助けられた。
借金が理由で入店し、いつも店の服を借りているわたしに比べて、有紀はいつも自前の服で現れた。身に着けているものは、高価そうなものばかりだ。不思議に思
っ
て聞いてみた事がある。
「あ、わたし援もや
っ
てるから」
あ
っ
けらかんと、彼女はそう答えた。
「美樹も、やればいいよ。生活厳しいんでし
ょ
?」
思わず顔をしかめると、彼女は笑
っ
た。
「割り切りよ。週に二、三人と遊べば余裕よ」
客にもよるが、一回、二、三万は出すらしい。正直、生活は苦しいし、ワンパター
ンの服で店に出るのは形見が狭いけれど、同調する気にはなれなか
っ
た。
わたしは、絵に描いた様なサラリー
マンの家庭に育
っ
た。子供は、わたしの他に妹がひとりいる。父は、30代でロー
ンを組んで家を建てた。母が病気がちの為に医療費も嵩んでいて、とても娘を大学に出すのは無理だ
っ
た。
どうしても進学したくて、奨学金を自分で返す事を条件に父を説き伏せた。そうして、奄美(あまみ)を飛び出して上京した。
学生時代はバイトずくめだ
っ
た。それでも、若干の仕送りと合わせて何とかや
っ
て行けた。奨学金返済地獄にな
っ
たのは、卒業してから相性が悪か
っ
た勤め先を辞めてからだ。大学時代の友だちとルー
ムシ
ェ
アをしているから、何とかや
っ
ているが、食うや食わずの毎日だ。
「ねえ。ち
ょ
っ
とあの人!」
有紀が肘で小突いて来た。夜の雑踏に紛れ、こちらを見ているサラリー
マンがいる。
「あいつ。美樹がキ
ャ
ッ
チした奴じ
ゃ
ない?」
正直よく憶えていない。スー
ツ姿の男なんて、何人も引き込んでいたからだ。それにしても、いけていない男だ。たるんだスー
ツは野暮
っ
たいし、手に提げたバ
ッ
クもOAシ
ョ
ッ
プの吊り下げで売
っ
ている様なダサいものだ。
「き
っ
と、ぼ
っ
たくられた腹いせよ。あんたに文句を言いに来たのよ」
男は確かにわたしを見ている。そして、こちらに近づいて来た。
「来るわよ! サカタち
ゃ
ん呼んで来ようか?」
サカタは、店のホー
ル係だ。店内でゴネた客を黙らすのは、彼の役目だ
っ
た。
「おい。そろそろ時間だぞ」
呼ばれた様に出てきたサカタは、わたしたちに呼び込みの交代を告げた。有紀が目線で合図を送ると、察しがついたのか、わたしたちとサラリー
マンとの間に立ちはだか
っ
た。
「おい。兄さん。何か用かい?」
男は足を止めた。
「銭まいてくれるんなら、ウチは大歓迎だぜ」
バ
ッ
クを持
っ
た男の手が震えている。噛みしめた唇が悔しさを現していた。しかし、観念したのか、踵を返し立ち去
っ
て行く。サカタと有紀の嘲笑が通りに響いた。二人と一緒に店内に入ろうとすると、背後から聞こえてきた。あの男の声だ。
「俺だ
っ
て、金があ
っ
たら中で会いたいよ」
捨て台詞と言うよりは、呟きに近いものだ。金が無い男の、ありきたりな言葉だ
っ
た。だけれど、そのイントネー
シ
ョ
ンが胸に刺さ
っ
た。
それは、自分と同じ奄美か九州の訛りだ
っ
た。振り返えると、男の姿は雑踏に消えていた。
それから、何度かその男は現れた。店でもそれは話題にな
っ
て、『美樹はストー
カー
に付きまとわれている』と、マネー
ジ
ャ
ー
の耳に入るまでにな
っ
た。思案したマネー
ジ
ャ
ー
は、わたしを呼び込みの当番から外そうとも考えたらしいが、他の女たちから不満が出たらしい。ともあれ、「気をつけろ」の一言だけで、仕事の流れは何も変わらなか
っ
た。
ルー
ムシ
ェ
アしている和美は、卒業してから転職もせず地道に仕事を続けている。身なりも『素人』然として、き
っ
ちりとしているし、昼夜逆転のわたしとは違い、毎朝出掛けていく。その和美から、耳を疑う言葉を聞く事にな
っ
た。
わたしが、袋ラー
メンに卵を落として煮込んでいると、和美は見かねたのかメイクの手を止めて、冷蔵庫から野菜を分けてくれた。
「美樹。毎日それだと体を壊すよ」
ドレ
ッ
サー
に戻
っ
た和美はそう言
っ
た。
「仕方ないのよ。ふたつの奨学金を返すのに何年も掛かるんだから」
「あのさ
……
」
変なところで言葉を止めたので、鍋から彼女に目を向けると、ドレ
ッ
サー
の鏡越しに目が合
っ
た。
「美樹。援助交際
っ
て
……
知
っ
てる?」
「それは
……
もちろん聞いた事あるけど
……
」
「始めたらどう? わたし、実はや
っ
てるんだ」
和美は、照れ笑いを浮かべてそう言
っ
た。まさか、彼女の口からそんな事を聞くなんて思
っ
てもいなか
っ
た。和美の話では、学生の頃から続いている男も居るそうだ。
「長くて、ほんの数時間よ。相性の合う人とだけ会えばいいし」
まるで、有紀みたいな話し方だ。その相性のいい男と巡り会うには、い
っ
たい何人と寝ればいいの
っ
て問い詰めたくなる。
和美は時間が無いのか、慌ただしく身を整えて出掛けて行
っ
た。少し、のびてしま
っ
たラー
メンを啜りながら考えた。どうして、そんな簡単に体を売
っ
てしまうの? そこまでして、この街に縋り付きたいの? そんなに、ここは良いところなの?
自分にと
っ
て、ここは夜の街でしかない。明るい学生時代は、いつの間にか幻としか思えなくな
っ
てしま
っ
た。
「帰れないよね」
思わず呟いてしまう。無理して上京し、借金を土産に島へ帰るなんてとても出来ない。親にも縋れない。結局追い詰められると、自分もそうしてしまうのだろうかと気が重くな
っ
た。
不景気の風は、生ぬるく夜の路地に流れ込む。ぼ
っ
たくり系のキ
ャ
バクラは、よほど金を持
っ
ているか、馬鹿でもない限りリピー
トは見込めない。そうなると当然、キ
ャ
ッ
チが命にな
っ
てくる。旅行者、出張者、世間知らずな男たちをター
ゲ
ッ
トにしているが、警察の取り締まりもあるので、長く看板を上げ続ける事はできない。その為、店は可能な限り金を掛けず作り、頻繁に引
っ
越しをする。
「ここも、そろそろ潮時なのかしら」
有紀は眉を寄せてそう言
っ
た。限りなく金髪に近く脱色した長い髪が、揺れながらネオンを返した。今夜も彼女と呼び込みの当番だ。二人で、通りすがりの男たちに声を掛けてはチラシを配る。
出張者らしい男にチラシを渡し、目線を外すと路地の向こうに、あの男が立
っ
ていた。近づくわけでもなく、わたしを見ている。
「あいつ、また来てるよ? 懲りないわね!」
有紀は、今にもサタカを呼びに行く剣幕だ。
「ち
ょ
っ
と待
っ
て。わたし、話して来るから」
「止めなよ。面倒事になるよ」
有紀の言葉を背中で受けながら、わたしは彼に近づいた。
「何でいつも来るの? わたしに何か用でもあるの?」
まさか話せるとは思
っ
ていなか
っ
たのだろう。男は口籠もる。
「あんた、九州よね?」
驚いた男は、顔を上げ「どうして分かるんだ?」と、返してきた。
「わたしもそうだからよ」
敢えて、奄美出身だとは教えない。
「こ
っ
ちの言葉うまいんだな」
それが何となく皮肉に聞こえて、わたしは目を端に寄せた。すると、男は話を切り出してきた。
「一度でいい。外で会
っ
てくれないか?」
「外で会
っ
てどうするのよ」
どうするのかと問われて、男は二の句が継げなか
っ
た。その様子が、あまりにも世間知らずで、九州の田舎から上京したばかりの芋臭さが感じられて、それでいて、どこか懐かしい故郷の風を感じて、自分でも理解出来ない甘えと苛立ちが湧き上が
っ
た。
「外で会
っ
て、どうするの
っ
て聞いてるのよ!」
「話をしたいんだ
……
」
「話
っ
て
……
高いわよ!」
勢いで、思わずそんな事を言
っ
てしま
っ
た。彼は情けない者を見る様に、こちらを睨みつける。
「三万。そう、三万出したら会
っ
てあげてもいいわ」
彼は「分か
っ
た」と、静かに言
っ
た。手帳に自分の連絡先を書くと、それをちぎ
っ
て渡してきた。
「明日も仕事なのか?」
明日は土曜だから仕事だ。日曜は休みだと告げると、土曜の終わりの時間を聞いてくる。
「一時には解放されると思うけど
……
」
「それじ
ゃ
、一時半。丸ノ内線の新宿御苑入り口
っ
て分かる?」
わたしが頷くと、そこで待
っ
ているからと言い残して、彼は立ち去
っ
た。
店前に戻ると「何を話したの?」と、有紀は聞きたがる。
「もう近寄らないで
っ
て、は
っ
きりと言
っ
てや