第41回 てきすとぽい杯
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買い物ごっこ
投稿時刻 : 2017.10.14 23:46
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買い物ごっこ
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「借金を返します」
 茶封筒の中から出てきたのは、その一言だけが印字された白い便せんと、大量のおもちの硬貨だた。赤くて、五百円玉ぐらいの大きさの軽いプラステク製のコインは、百枚ほどあるだろうか。
 何のいたずらだろう。気味の悪さに、私は顔をしかめた。ずしりと重く膨らんだ茶封筒を、つまむようにして郵便受けの中に戻す。かさばた茶封筒は、ボクスの蓋の角に一度引かかて、くしりと皺になた。
 オートロクの玄関を鍵で開け、エレベータに乗り込む。私はヨシくんにメールを打た。
「今日のライブ、どうだた? 残業になて、行けなくて、ごめんね」
 ひとり暮らしをしているマンシンの部屋に戻り、散らかた部屋の中で、コンビニで買たパスタサラダをすする。シワーを浴びて着替えて、顔に薬を塗りこみマサージをして、もう十二時を回たのに、ヨシくんからは返事が来ない。

 翌日に会社から帰てきてから、郵便受けを開けて、すかり忘れていたあの気味の悪い茶封筒のことを思い出した。そのまま元の場所に戻したのだから、無くなているはずはないのだた。ボクスの中を占領していて、邪魔だ。捨てよう、と思てつまみ出した時、昨日、一部が皺になたはずの茶封筒が、まるで新品みたいに綺麗になていることに気付いた。
 不審に思て中を開く。おもちの硬貨が入ているのは同じだた。便せんに印字されている文章が違ていた。
「受け取てください。長い間お借りしていたものを、返したいのです」
 私は恐怖を感じて、それを地面に取り落とした。部屋に帰るのも怖くて、私は道路に出て、タクシーを止める。ヨシくんの家に向かた。

「なに、どうしたの、急に」
 けだるげに私を出迎えたヨシくんに、私はしがみついた。
「家の郵便受けに、変なものが入てるの」
「近所のこどものいたずらじないの」
「でも、怖いの、郵便受けにロクかけてたはずなのに、次の日に、中身が入れ替わてたの」
「ふーん。よくわかんないけど、怖いんなら、しばらくうちにいればいんじない」

 それから三日の間、私はヨシくんの家で寝泊まりした。
 ヨシくんはロク・バンドをやている。一年前にライブハウスで知り合た。三歳年下の、いつもクールに振る舞ている彼は、ステージに上がると少しデスボイスがかた特徴的な歌声で観客を魅了する。彼を狙ている女の子は沢山いる。
 それでも、彼はこんな顔の私を選んでくれた。
「おかえり、ヨシくん。ご飯作ておいたよ」
「あー、ごめん、食べてきた」
「そか。今日、遅かたね。バンドの練習だたの?」
「ん、まあ」
 そう言いながら私の後ろで冷蔵庫を開ける彼から、私の使たことのない香水の匂いが漂うのに、気付かないふりをする。
……次のステージ、いつだけ? 今度は絶対聞きに行くね!」
「ありがと、来週の金曜だよ。あー、ライブ前にそろそろ髪染めなきな」
「あ……
 私は鞄から慌てて財布を取り出す。
「これ、使て」
 彼は極めて自然にそれに手を伸ばし、微笑む。
「サンキ

 四日目になて、私は家に戻てみた。
 恐る恐る郵便受けを開けると、かさばて郵便受けの中を占領していた茶封筒は、平たい形に変化していた。
 私はそれを開けて、おもわず息をのんだ。
「あなたが、あの硬貨を見て、僕のことを思い出してくれることを期待していましたが、昔のことですから、しかたありませんね。1レド=1000円ですから、10万円、日本円で、お返しします」

「ヨシくん、お買い物、行こ」
「買い物?」
「うん、新しいシズ、ほしいて言てたでし。それから、お洋服とか、欲しいものあたら、買てあげる」
 私はヨシくんの腕に絡みついて、歩き出した。こんな顔の私でも、背の高い、かこいい彼氏を連れて、人の多いところを歩けるのだと思うと、とても気持ちが良い。私が何か買てあげるたびに喜ぶ彼を見ると、とても満たされる。

 茶封筒はそれから数日置きに届いた。
「受け取てもらえて嬉しいです。借金を返します」
「あなたが嬉しいなら、僕も嬉しいです」
「これは昔に借りたお金の返済です。貴女の好きに使てください」
「僕は治らない病にかかりました」
 4通目で、突然、手紙の主は自分について語り始めた。
「余命3月と、医者から宣告をされました。それで、やりのこしたことを、すべて済まそうと考えたのです。そのときに、思い出したのが、あなたからの借金でした」
 現金を見て、ヨシくんのことをつなぎ止めたくて、衝動的に使てしまたお金だたが、その手紙を見たとき、初めにおもちの硬貨を見たときの薄気味悪さがよみがえてきた。
 3日後に続きの手紙は来た。
「僕たちが隣町の小学校に通ていた10年前のことを覚えていますか。貴女は男子たちの憧れの的でしたね。僕も貴女に恋い焦がれている1人でした。あなたはその頃クラスメイトたちの中心にいて、遊びを考え出すのが好きでした。赤いおもちの硬貨を使た、仮想通貨の遊びを、まだ思い出しませんか? それを使て、みんなでままごとのお買い物ごこをしましたね」
 私はそこまで読んで、悲鳴を上げ、封筒を取り落とした。
 確かにそんな遊びをした。
 そして、架空の買い物ごこはエスカレートして行き、架空通貨で買い物をするための等価品を用意するのに、現金が必要になたのだ。
 私はクラスのおとなしい、お金持ちの息子の男子に、赤い通貨を一枚100円で買い取るように、持ちかけた。彼はそのとき、なんと答えただろうか。拒絶はしなかたはずだ。
 そんなことが何度か繰り返された後、彼は突然、クラスで暴れ出し、私の顔に、理科室の薬品を――

 そのとき、私の背後で、重い足音がした。
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