ファッションの秋!パリコレ小説大賞
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彼女は愛している
投稿時刻 : 2017.12.23 01:39 最終更新 : 2017.12.23 02:38
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- 2017/12/23 02:38:24
- 2017/12/23 02:32:56
- 2017/12/23 01:39:15
彼女は愛している
犬子蓮木


 ある街に仕立て屋を営む若い夫婦が暮らしていました。
 さほど大きな街ではなかたため、お店も大きくはありませんでしたが、夫であるランカータは大層腕の良い職人で、仕立てられた服は人気があり、お店もふたりが暮らしていくには充分なほどに繁盛していました。
 妻であるエシは美しい人間でした。
 光沢の抑えられた赤い髪は長く、ほどよく人の目を惹きつけては、彼女の着ていた服を際立たせていました。
 ランカータの仕立てた服を来て、街を歩けば、彼女は生きたコマールとして機能し、人々の目に止まては、憧れを抱いた年頃の娘達がお店に溢れてしまうようなこともあるほどです。
 エシは夫ランカータの仕立てる服をとても愛していました。
 元はランカータがひとりでお店を営んでいたのですが、お客としてやてきたエシが彼の仕立てる服に惚れ込み、そう長い時間をかけずに、ふたりは夫婦となたのです。
 やさしく腕の良い職人であるランカータとモデルとして美しいエシが仲睦まじく働くお店は、街の人々の評判もよく、商品だけではなく、夫婦自体も皆に気に入られていました。
 職人である夫を献身的に支える美しいエシは、素晴らしい妻であると老若男女を問わずに評判でした。

 ある日、エシが昼食を支度をしていると工房よりランカータのうめき声のようなものが聞こえてきました。エシはすぐに工房へ向かいます。
 どうしたのあなた?
 慌てて駆けつけたエシの目に映たものは、仕立て途中の生地でした。あるはずのない赤色が鮮明で、その赤がランカータの血であると気付くまで、エシはただ色を見つめていました。
 ランカータはミシンをかけているときに操作を誤り、自らの右手の指を巻き込んでしまたのです。
 右手を押さえつける左手も赤く染まり、ランカータの両手は真赤な血に塗れていました。
 エシはすぐに包帯を用意して応急処置を施しました。それからふたりはお店を閉めて、病院へと向かたのです。
 お医者さんに見てもらたところ、右手の指に後遺症が残るだろうとのことでした。
 
 数日後、痛みも引き、ランカータは恐る恐る作業を再開します。今までのように、いつものように、そう思いつつ作業を進めようとしましたが、どうにも上手くできません。怪我の後遺症としての右手の震えもそうですが、なによりも大きかたのはランカータの心に機械への恐れが生まれてしまたことでした。
 なんとか時間をかけて服を仕立てますが、その仕立てられた服に、以前のような輝きはもうありませんでした。
 恐れを抱きながら、怪我をかばいながら仕立てた服は、陽気でやさしい万全の人間が幸せに包まれながら仕立てていた服に到底、及ばなかたのです。
 エシもどうにか元の服が仕立てられるようにと夫ランカータを支えようとしましたが、どうしても以前の輝きは取り戻せません。幸せで溢れていたお店は代わり、暗い空気を持つようになりました。そんなお店にお客があふれるようなこともなく、それがさらにランカータを焦らせました。
 繁盛していたころの蓄えがあり、またやさしい街の人々が少しばかりでも服を買ていてくれるため、当分の生活には困りませんでしたが、腕利きの職人であたランカータにとて、自らの描く理想とはほど遠い服しか仕立てられない状況は、よけいに彼を追い詰めました。

 事故から一年が経ちました。
 ランカータの仕立てる服は相変わらず昔の輝きを取り戻せないままでした。もうその昔のことが夢であたのではないかと思えるぐらいです。
 エシは昔のランカータが仕立てた服を着ていました。以前に作られた服は、作成者の没落とは切り離されて、昔のままの輝きを放ていました。
 服もエシも一年よりも前のときのまま美しく存在していました。
 ただ、新しく美しい服は作られませんでした。
 エシは夫ランカータが仕立てた美しい服を愛していました。
 エシは夫ランカータを愛してはいませんでした。
「私と離婚して頂けますか」
 エシは一年間支え続けて、それでも副長の兆しを見せないランカータに見切りをつけました。もうこの人は美しい服を生み出すことはできないのだ、と諦めたのです。
 ランカータは当初はシクを受け、どうにか考え直してほしいと懇願しました。エシへの愛を幾度も伝えました。しかし、それでもエシの気持ちは固く、ふたりはほどなくして別々の道を進むことになりました。

 エシは独り身となり街を出ました。
 荷物はお気に入りの美しい服たちです。
 次はどんな街が良いかしらん。賑やかな街を歩けば、エシと服の美しさに多くの人が目を奪われます。静かな街の片隅で座ていれば、エシと服は一輪の花のように野に咲いて、通りがかた人の心へ暖かなやすらぎを与えました。
 そうやて、エシはお気に入りの街を見つけるまで各所へ移り住み、そして落ち着くと、昔のランカータが仕立てたほどではないけれど気に入た服を来て、ひとり暮らしていきました。

 あれから三十年が経ちました。
 エシは年老いていました。
 しかし、エシはまだ美しさを持ていました。年相応に老いた姿ではありましたが、それは無駄を削ぎ落とすように枯れていて、彼女が持つ美しさは衰えがない様子でした。
 エシが街を散歩しているとある少女が目につきました。幸せそうな表情であるく少女は、在りし日のエシのように、彼女が着ていた服を輝かせていました。
 エシは少女に声をかけました。
 その服はどこで買たの?
 少女は答えました。
 遠い街で働いている父親から誕生日プレゼントとして送られてきたのだと。だから幸せなんだと。
 その街の名前はエシに取て聞き覚えのあるものでした。
 ずと忘れていましたが、エシにとて一番幸せだた時代を過ごした街の名前でした。
 そう、ランカータと夫婦として仕立て屋を営んでいた街です。

 エシはあの街に向かいました。
 駅から出て、迷わずにお店のあた場所へ歩きました。
 そうしてたどり着くと、お店はまだ、あのときの場所に古ぼけた様子で、しかし面影を残して存在していました。エシはおそるおそるお店の扉を開き、中へはります。扉に付けられていた来店を告げる鐘がささやかな音量で鳴り響きました。
 お店の中にはあの少女が着ていたような服が並んでいました。
 飾られている服たちは新しく、それでいて、美しく輝いて見えました。エシが上気する心を抑えながら服を眺めていると鐘の音を聞いたらしい店主が奥から顔を覗かせました。
 ランカータです。
 歳をとていましたが、それでもすぐにわかりました。ランカータもやてきたお客がエシだとすぐに気付いたようです。一瞬、伺うような顔を見せたあとで、表情をこわばらせました。
 エシはランカータに話します。
 素晴らしい服ですねと。
 ランカータはエシに話します。
 時間をかけて、やり方を見直し、そうしてやと恐怖も克服したと。
 エシは試着させてほしいと頼みます。ひとつ気に入た新しい服を持ち、小さな試着室へ入りました。そうして袖を通すと、鏡にさぞ幸せそうな表情を浮かべる女性が映ていました。
 エシは試着室からでて尋ねました。
 どうですか?
 たいそうお似合いです。
 ランカータは答えました。お世辞ではありません。
 ランカータの仕立てた服とエシは、
 モデルのようにお店の中をゆくりとした調子でエシは、ランカータの前まで歩きました。
 オーダーメイドで服を仕立ててください、とエシはランカータに言いました。
 それから、エシは最上級の微笑みを浮かべます。
「私と結婚して頂けませんか」
                                     <了>
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