第42回 てきすとぽい杯〈紅白小説合戦・紅〉
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軛(くびき)を断つ
投稿時刻 : 2017.12.09 23:47 最終更新 : 2017.12.09 23:53
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- 2017/12/09 23:53:48
- 2017/12/09 23:52:15
- 2017/12/09 23:47:51
軛(くびき)を断つ
白取よしひと


 春まだ寒風まじる仙臺城下。仇討ちを志し国元を離れて三年。月夜にその相手を認め吉之助は鳥肌がたた。あれは紛れもなく葛西辰之進ではないか。
〔鯉口を切りてのぞむは堀の辻闇夜にうかぶ積年の仇〕
「見つけたぞ!葛西辰之進。対馬兼光が仇。親族吉之助が討てくれる!」
 柳のかたわら、朧に浮かぶ相手に動揺が見えた。その時だ。
〔声あげて立ちはだかるは想い女(ひと)我が太刀ぬけぬ運命を呪う〕 
「おみよさん!」
 立ちはだかたのは、想いを通じたおみよだた。俺を刺すように向けた目は、先日までの愛を語るそれとは違う。おみよは辰之進を確かに兄上と呼んだ。ずいと進めた我が足が動かぬ。辰之進は太刀を抜かずに女を盾にしている。
 心の一閃は空しく飛んだ。柄を握る力が萎える。辰之進の反面が月明かりに浮かんだ。見あげると、清らかな光を湛えた月が闇夜に口をあけていた。
(この期に及び、俺は女ひとりの為に敵を見逃そうというのか……
――
 殺害された兼光は叔父にあたる。兼光は津軽藩で五十石取りであたから身分は高くない。しかし碁に精通しており、藩内で碁聖の名を欲しいままにしていた。それと対極を成していたのが辰之進だ。奴は老年の兼光からすると未だ未だ若輩だが、その成長は著しくいずれ兼光を越すだろうと噂されていた。
 事件は飯屋の二階で二人が対局した日に起こた。女中が二階へ上がると、すでに兼光は事切れていた。兼光は刀の柄に手をあてたまま碁盤の前で首筋を一閃されている。迸る血飛沫に碁盤や畳は染まり、惨憺たる状況だたそうだ。それきり辰之進は領内から姿を消した。唯一の身内である妹とともに。
 吟味役の話に依れば、血で染められた碁盤の趨勢は辰之進に分があたようだ。追い詰められた叔父が悔しさから暴言を吐いたものか。
 辰之進は居合の心得があたらしい。居合は初太刀必殺だ。叔父が柄に手を掛けるが早く辰之進に及ばなかたのかも知れない。このように身内の不幸であたが、俺は達観的に事件を捉えていた。
 しかし、親族が集まり仇討ちに話がおよぶと他人事では済まなくなる。兼光の家は細君が早逝しており、一人娘はすでに嫁いでいる。不幸にも娘の夫は落馬によて不随の身となていた。そこで浮かんだのが俺の名だ。若いが刀術の才があり、一刀流を納めている。諸国を廻ることを考えても体力的に申し分なかた。
「どんだ(どうだ)。一族を代表して仇と取てくれねが?」
 長老格の親類に懇願された。ふとかたわらの母に目をやるとただ俯いているばかりである。うちも母一人子一人なのだ。藩に仇討ちが認められれば、領外へ出ても脱藩者とならず家格も保たれる。しかし、一度仇討ちに出ると本懐を遂げなければ戻ることは出来ない。それが定めだ。仇討ちと勇んで国を出たものの、それきり戻らぬ者はいくらでもいる。受ければ母上と今生の別れとなるやも知れぬ。
「どんだ。受けてくれねが?」
 重ねる長老に返した。
「お受け致しましう。ご親族の皆様方、留守の間、母のことは宜しくお願い申し上げまする」
 低頭すると長老は満足そうに頷く。母は泣き崩れる身をほか者に支えられていた。

 思えばこの三年必死であた。巡り巡て訪れた仙臺で、ふとしたことから想いを通じた女が辰之進の妹であたとは……
 ここで引き下がれば国も母上も捨てたことになる。
「吉之助さま」
(おみよ!)
 歩みでたおみよは、唇をきと噛んでいた。しかし、涙に揺れるその瞳は昨日までの好き人そのものだた。
「辰之進は我が兄でございます。まさか吉之助さまが追手の方だたなんて わたしは天を呪いとうございます」
 そういうと袖を寄せ、瘧でも起きたかのように身を震わせた。しかし、渾身の力を込めて決別の言葉を漏らしたのだ。
「わたしには……兄を見捨てられません」
 風に紛れて蕎麦屋の声が流れてきた。一歩踏み込んでいた足をもどし、柄から手を離す。(終わた。終わたのだ)
 仇討ちも。そして恋もだ。この一事にて俺は母上も見捨ててしまたことになる。二人に背を向けて立ち去ろうとすると、
「待たれい!」
 と、辰之進が呼び止めた。
「ここで会たも定めであろう。お相手いたす」
「兄上!」
 取りすがるおみよを辰之進は突き飛ばし、片袖を脱いだ。そして、足早に間合いを詰めると刀の柄へ手をおいた。
「お待ち下され。拙者は……
「臆したか! 某は居合いを極めたるもの。油断すると一振りで首が飛ぶぞ!」
 辰之進は、ずんと腰を沈めた。初太刀必殺の構えだ。やむなく抜いた刀を正眼に構えた。
「ほう……よい構えだ。隙が見当たらん。流石若くして一刀流の免状をとただけのことはある」
 風が出てきたのか。辰之進の袖が揺れている。おみよも息を呑んでいるのか、辺りは静まり物音ひとつ……しない。
 津として巻き起こた殺気とともに、踏み込まれた刹那抜き打ちの一閃が放たれた。間一髪のところで、太刀を払たときの異常に対処できず辰之進の胸を貫いた。
(なんてことだ!)
 太刀を抜きもせず、地べたに目をやると両断された竹みつが落ちていた。
「葛西殿……
 太刀を抜き、思わず辰之進を抱え起こした。
「金に困ての 魂までも売りはらた体たらくよ……みよ……みよ……
 おみよは駆け寄り兄へすがた。
「これよりは 婿殿と幸せにな……
「葛西殿!」
「吉之助殿。わしにも言い分はある。この一言にて兼光殿の件は水に流してくれんか」
 やはり、叔父が先に手を出したのだ。それをしかりと受けとめ、頷いた。
『わしの一振りどうであた。お主の軛を見事断ち切た快心の振りぞ』
 半眼のまま、頭を俺の胸に預けた辰之進、いや兄上はまるで月を眺めているようだ。決別の時、闇夜に響くおみよの号泣は既に聞こえなかた。兄上の通り、その見事な一振りで俺とおみよの明日へ繋いでくれたのだ。
「流石兄上……見事な……見事な太刀でございました」
 堀から湧き起こた冷ややかな風が三人を縫ていく。伊達城下、そして奥州に春がくるにはあと数日待たなければならないだろう。
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