兄さんは甘いよ。
荒野に並ぶ二軒の荒ら屋に、それぞれ兄と妹が暮らしていた。
兄のコバルトはあたりに広がる土地を畑にし、農家として生きていた。しかし大した農具はなか
ったし、広大なフロンティアなので、実るのは干からびたトウモロコシとカラカラのジャガイモばかりだった。畑では自分たち兄妹が食べる分と、少しのおまけほどしか採れなかった。ほかにも少し離れた林や森に狩りにでかけたりもして、コバルトは鳥や獣を捕まえた。二人の食料はこの兄の手でまかなわれていた。
妹のセレンは腕利きの電子技師で、兄にはわからないようなものを作っていた。遠くはなれたメガロポリスからも注文が入るセレンのことを、兄は頼りにしていた。猟銃も、荒野を吹き荒れる風から守るエアシールドも、盗賊から身を隠すための完全ともいえるステルスカーテンも、セレンの作ったものだった。
けれど二人は近くの小さな街までしか出たことはなかった。死んだ両親からの言いつけで決してこの地をはなれてはいけないことになっていた。荒野しか知らない兄のコバルトには、メガロポリスは本当に存在するものなのかと思うような夢物語だった。
姉妹は仲がよかったけれど、夕方になると決闘をした。時間になると互いに家から出て前の荒れ地へいき、腰につけた低衝撃銃を相手に向けた。
向かい合い、睨み合った。隙を見てコバルトが銃のベルトに手をのばしてみても、もう妹の銃は自分に向いていた。そして、気絶はしないけれど十分に痛い思いをした。
ほとんど毎日、勝負には妹のセレンが勝った。セレンの方がずっと優れた銃の使い手だった。もしかしたら荒野一だったかもしれないくらいだった。
倒れている兄にゆっくり向かいながら、セレンはよくこう声をかけた。
「兄さんは甘いよ。『構え』が長すぎるんだ。構えるってことは、相手の出方に応じるためのもの。構える前にこっちが撃たなきゃ。先手必勝。
──ねえ、これはやめないか。兄妹で撃ち合うのは嫌だし、低衝撃銃でも痛いし。
──痛くないですます方法を兄さんは知っているはず。私に勝てばいいんだから。それに、いつ誰が襲ってくるかもわからないこの世界だもの。私が兄さんを守り、兄さんも私を守ってくれなきゃ。兄さんも強くなって」
それから、二人はいつも妹が作るトウモロコシのスープを口にし、ときどき保存している干し肉を噛んだ。
コバルトは本当は自分が料理をしたかったのだけれど、セレンがどうしてもというので譲っていた。けれど、セレンの料理は機械油のにおいがいつもしていて、コバルトは苦手だった。
ある日、コバルトは畑で芋掘りをしていた。セレンは街へ、注文されていた電子部品を届けにいっていた。だが、いつもなら夕方に帰るはずのその小旅行を、セレンは乗っていった機械馬を荒っぽく乗って急いで帰ってきた。
つばの広いストローハットをしていたコバルトは、自分の手元は見えていたけれど、それほど遠くは見えなかった。だからセレンが帰ってきたその瞬間を目にしなかった。ただ機械馬の荒っぽい音がして、静まったきりだった。コバルトは少し不思議に思ったけれど、芋掘りをつづけた。
夕方、時計が時刻を告げたとき、いつものようにコバルトは低衝撃銃を腰にして出たが、セレンはいなかった。これまでにこんなことはないことだった。具合の悪いときは前もって話しあうことになっていた。
コバルトはセレンの家にいってみた。セレンの家は、間に機械馬小屋を挟んだだけの距離だった。
「セレン……セレン、どうした」
戸を開けると、セレンは両親が残していった電子学の書物と彼女が自分で作った合成酒をテーブルにおいて、ひどく悩んでいた。
「まだ飲むには早いよ。それに俺だってまだ酒は早いといわれているのに。
──兄さんは、甘いよ。二人しかいないこの荒野で、国家法なんて無意味。情に厚くて礼を失しない精神はすばらしいけどね。飲みたいなら飲むといいんだ。
──だけど、どうしたんだ? 暗い顔をして。街で何かあったのか?
──大丈夫。兄さんは心配しないで。今日は一人で夕飯にして」
コバルトは心配になったけれど、自分よりしっかりしていて強い妹だからと、いわれたように一人でスープを作って食べた。久々に機械油のにおいがしない、まっとうなスープだった。
夜中、爆音がしてコバルトは目が覚めた。そして電子銃の音がしたので、あわててすぐに銃を持ち、家の戸の陰から左右を見た。セレンの家は燃え上がり、そこに電子銃の光が遠くからセレンの家に打ち込まれていた。
セレンの家からは銃線の先にミサイルが数発、発射された。けれど、どれも相手にとっては致命的なものにならなかった。
やがてセレンは燻されて、そとへと倒れ出てきた。コバルトは銃口の相手を思い描いて撃っては隠れを繰り返して、セレンへとたどり着き、セレンを向かいの機械馬小屋へと隠した。
「なんだってこんなことに!」
未だ、銃撃が止まず、窓から相手への反撃を繰り返すコバルトの陰でセレンは答えた。
「私の作った電子部品が狙い……。あれを渡すのはまずいんだ。お願い、兄さん。これを、できるだけ遠く、海の底に沈めて……」
セレンの呼吸が弱くなっていった。
振り返ったコバルトは、セレンの最期の言葉を聞いた。
「お願いするよ? あいつらを許すほど、兄さんはそんなに、甘くないよ、ね……?」
その後、電子銃を手にしたコバルトは、その約束を胸にした。何物でも破壊できなかった電子部品を手にして、遠くの海までたどり着き、海の遙か奥へと進み、そこへと沈めた。
それからコバルトは、かつての自分の家へと戻ってきた。もう妹はいない。電子技師の彼女がいなくなれば機械馬もやがては壊れる。ステルスカーテンもいつかほころびる。
コバルトはセレンが作ってくれた機械油くさいスープを懐かしがり、毎晩のようにセレンの言葉を思い出していた。
「兄さんは甘すぎるよ」
幾度となく、塩辛い涙が流れた。