第42回 てきすとぽい杯〈紅白小説合戦・紅〉
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運命を知る男たち
投稿時刻 : 2017.12.17 00:16
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運命を知る男たち
ポキール尻ピッタン


 飲み屋街から駅へ向かう途中の高架線の下、そこが俺の職場だ。スーツにネクタイ、七三分けの謎のリーマン占い師として、ホトペパーの記事に取り上げられるぐらい最近では知名度がある。顧客は着実に増えていき、いずれは手相占い界のスターの座を手に入れ悠々自適な生活を送るはずだた。ところが昨日、奴が現れた。俺のきらびやかな未来設計は、突然の異物が混入することによて、いま崩れかけていた。
 真白なアゴ髭を胸元まで伸ばし、丸メガネに千利休みたいな頭巾を被た和装の奴は、いかにもというか怪しげというか、よく分からないけど妙な迫力がある出で立ちをしていた。
 午後6時、いつものように簡易テーブルを組み立てていると奴が来る。通りすがりに軽く頭を下げた奴が侮蔑を含んだ笑みを浮かべたのを俺は見逃さなかた。俺の客を根こそぎ奪うつもりなのだろう。だが指を咥えて見ている俺ではない。必ず返り討ちにしてやる。
 午後6時47分。先週見てあげた女子高校生3人組がフストキチンから出てくるのが見えた。恋愛運が良いと大袈裟に持ち上げたらものすごく喜んでくれたから、進展を訊く体で声を掛け、ここに足止めをさせよう。ついでにサービスで安く占てもいい。彼女たちの口コミは馬鹿にできないから奴に差をつけるチンスでもある。問題があるとすれば奴の手札がいまだ分からないことだ。10メートルくらい離れているので、なにを専門に占うのかがはきりと判断できない。筮竹のようなものが見えるので易占は間違いないとして、格好から推測すると俺と同じ手相や四柱推命に姓名判断も占える可能性が考えられる。まさかいまどきの女子高校生が銀座の母を知ているとは思えないが、一世を風靡した姓名判断に食いつかれると困る。ここはスルーしてくれるのを祈るしかない。見た目が怪しげなおさんだし、彼女たちも関わらないほうが良いと考えるはずだ。
 彼女たちのひとりが俺に気づき指を向けた。奴はその集団が俺に占われたと気づいた様子でこちらへ振り返り、タートと決めたのか椅子に座り直し姿勢を正した。そのとき聴き慣れないリズムがズンズンと耳を打た。
「YO、YO、人生山あり谷あり、ありえないことばかり。でも分かていれば楽しいことばかり。雨が振ると知ているから傘を持つ、嫌なことがあると知ているならKOKORO落ち着いて明日を待つ。どうすればいい? こうすればいい。テレビで雨が降らないとお前は知る。俺の占いでお前は知る……
 まさかのラプだた。奴はギプで知名度を上げた俺を研究して挑戦してきたのだ。いかにも占い師然とした和装のおさんがラプを奏でる。そのインパクトには俺では太刀打ちできない。しかも女子高校生たちは満面の笑顔で立ち止まている。これは危機的状況だ。どうにかして奴の動きを止めなければならない。
 通行人の間をバイクが横切り、不意に眩しさを感じた俺はアイデアを思いついた。俺がいる場所は高架線が途切れる道路の端に近い。そこは細い道路と繋がるT字路になていてカーブミラーが設置されている。さきみたいにバイクのヘドライトが反射して視線を遮るのであれば、こちらからライトを当てれば角度によては奴に届くはずだ。テーブルに置いたライトスタンドの傘を取り外し、電球を直接ミラーへ向けてみた。しかし光軸は届かず奴と俺の間ぐらいを仄かに照らすだけだた。向きも悪ければ威力も弱い。無駄なあがきだたと諦めかけたとき、俺は気づいた。手相占い師なのだからルーペを使えばいいじないか。なるべく焦点がミラーに集まるように距離を取り、角度を調整し手首を回した。
 かすかな悲鳴が聞こえた。どうやら成功したようで、奴は顔を手で覆て俯いていた。女子高校生たちが怪訝そうになにかを尋ねている。奴はなんでもないと軽く手を振り再び顔を上げた。もう一度だ。慌てて顔を背けた奴を横目に彼女たちが歩き出した。勝た。自然と浮かんでくる笑みを噛み殺して、俺は占いの準備を始めた。
「どうでした? 上手くいきましたか?」
 不審な表情が抜けていない彼女たちを落ち着かせるように、穏やかな微笑みを作り、優しく声を掛けた。おそらく同業者の異変を伝えたいのだろう。ひとりが深刻な顔で近づいてきた。
 虫のようなものが突然目の前を横切た。取り乱している姿を見せないように小さく後ろへ避けて微笑みを絶やさないでいると、彼女は目を見開いたまま両手で口を押さえていた。不思議に思い首を傾げると視界になにかがバサバサと落ちてくる。テーブルの上に散らばるその物体は、俺の髪の毛だた。慌ててスマホを取り出しミラーアプリを立ち上げ頭を映すと、七三分けが金太郎みたいな三〇三分けになていた。驚愕したまま固まている彼女の後ろの2人が路上へ目線を落としているので、一緒にその先を追うと1枚のカードが落ちていた。自分を落ち着かせるためにあえて冷静を装い、俺はゆくりとそのカードを拾た。
 手のひらにはタロトカードの2、逆位置の女皇帝。神経質になてイライラしている俺を煽ているかのようだた。しかもそのカードは薄い金属製で四隅の角が鋭利な刃物のように研がれていた。
「畜生!」
 大声を上げてしまい女子高校生たちが後退さた。驚かせて申し訳ないが、もう後には引けない。いますぐここから離れたほうがいい。湧き上がる怒りが抑え切れず体中が震えている。つか、その格好でタロト占いとは意表を突きすぎだろう。
「許さん」
 スーツを広げ右腕を中に差し込んだ。指の間に手相の線を辿るためのかんざしを4本装備する。こんなこともあろうかと、薄い鉄板を貫通できるくらいには尖らせてあた。大きく手を振り抜くと風の音を響かせてかんざしが飛んで行く。上下左右に散らばせる俺の技から逃れることはできまい。串刺しになれ。
 奴はテーブルの筒に入た筮竹へ手を伸ばすと真直ぐ俺へ向けた。弾いて落とすつもりだろうがしなる竹では無理だ。余裕の表情が苦痛に歪む姿が目に見えるようだ。
「なに?!」
 円状に広がた竹の盾が次々とかんざしを弾き、アスフルトの上に鈍い音を立てて落ちていた。
 あれは筮竹じない。奴は俺を油断させるために偽装していたのだ。この可能性を頭から除外していた自分が恥ずかしい。筮竹ではなく南京玉すだれを用意していたなんて。
「やめなさい!」
 俺と奴の間に警察官が割り込んできた。いつの間にか腕を取られ背中に回された。奴も半腰のまま押さえつけられている。俺と奴の視線がぶつかた。今回は無粋な邪魔が入たが必ず決着をつけようと心で語た。
「とりあえず署まで来てもらうけど、あんたたち、道路使用許可は取ているの?」
 そんなもの取ている訳がないだろう。警官の馬鹿馬鹿しい質問に思わず頬が緩む。奴も俺も占い師だ。
「未来を知る俺たちには、いま現在の許可など必要ないのさ」
 まあ、捕まるとは思てなかたけどね。
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