てきすとぽい
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安眠文学
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〔 作品9 〕
埃舞うマラウイ
(
ポキール尻ピッタン
)
投稿時刻 : 2018.04.12 18:26
字数 : 5147
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埃舞うマラウイ
ポキール尻ピッタン
入社したばかりのころにも眠れないことがあ
っ
た。ストレスが溜ま
っ
ているとか脳が興奮しているからとか、疲れすぎると却
っ
て寝付けないのには、そんな理由があるらしい。自分の場合はおそらく興奮によるものだろう。ただでさえ神経質な性格なのに、過敏に反応してしまうことがままあ
っ
た。
たとえばカー
テンから漏れる街灯の明かりでフロー
リングが照らされているとしよう。し
っ
くりくる位置を探して枕の上で頭を転がしていると、ほのかに輝く小さな点が視界に入る。普段なら無視するわずかな埃が、眠りたいというのに、気にな
っ
て気にな
っ
て仕方がない。どうすべきか逡巡したところで、いつも答えは決ま
っ
ていた。電気を点け台所から雑巾を持
っ
てくる。埃を拭き取り、これでようやく布団に戻れると安心する。しかし気持ちとは裏腹に、自分の眼球は次の埃を求めて部屋中をトレー
スしてしまう。そこからは納得するまで大掃除だ。休みの日に掃除機をかければ済むことなのに、夜中だから馬鹿丁寧に雑巾で磨く。当然寝不足のまま現場に通い、疲れ切
っ
たあげく休日は一日寝て過ごす羽目になる。若くて体力があ
っ
たから大事には至らなか
っ
たけれど、注意力が散漫になり事故を起こしかけたことは何度かあ
っ
た。
ベテランとな
っ
たいまではさすがにそこまで神経質になることは減
っ
たものの、蚊や黒いアレが出た夜は相変わらず仕留めるまでは眠らない。まあ、こればかりは性格なので直しようがないと諦めている。
そんな私が再び眠れない状態にな
っ
てしま
っ
たのは、慣れない環境にストレスを感じているからだ
っ
た。
私が勤めている会社はプレハブ建築の施工と販売をしている。設計だから一般住宅と比べてさほど忙しくはないだろうと高を括
っ
て入社したのだが、いつの間にか現場監督も兼ねるようになり、あちらこちらの現場へと目まぐるしく飛び回
っ
ていた。イベントの仮設事務所やモデルルー
ムなどは撤去もセ
ッ
トにな
っ
ている。工期が短い分、数をこなす。災害が起こると他の現場を止め、予定にない発注を抱えたまま最優先で被災地へ向かう。通常の建築とはま
っ
たく異なる工程に急かされ、私は毎日仕事に追われていた。
肉体的には疲れていたが、充実した日々にストレスは感じていなか
っ
た。たぶん言葉が通じるとか、食べ物を気にしないでも大丈夫とか、仕事以外の環境に一切気を回す必要がなか
っ
たからなのだろう。だからストレスが原因で睡眠不足になるなんて、思いもよらないことだ
っ
た。
私はいま、アフリカのマラウイのコタコタロ
ッ
ジという宿屋にいる。成田から香港、南アフリカとトランジ
ッ
トを2回、およそ26時間掛けてマラウイのリロングウ
ェ
空港へ到着した。まさかの出張だ
っ
た。まさかのひとり旅だ
っ
た。
社長には古くからの友人がいた。ニノミヤさんという還暦を過ぎた男性で、アフリカの発展途上国を中心に教育支援をするNPO法人の代表をしている。教育支援と言
っ
ても衣類や遊び道具を寄付する程度だ
っ
たのだが、成果を焦
っ
たのか突然マラウイに学校を建てると言い出した。現地の資材や人員を使う予定だ
っ
たらしいのに、社長が中古のプレハブを寄贈すると余計なことを申し出た。話はトントン拍子に進み、分解された16坪のユニ
ッ
トハウスが船便で送られた。当然組み立てを指揮する技術者が必要になり、私が指名されたという訳だ。無理がきく未婚のベテランなんて、自分以外にはいなか
っ
たのだから。
宿は思いのほか綺麗だ
っ
た。オイルがた
っ
ぷり塗られたパインの調度品に、ところどころ筆ムラが残
っ
た白い内壁。蚊帳が吊
っ
てあるダブルベ
ッ
トにはクリー
ニングされたシー
ツが折り目を残していた。窓を開ければ水平線まで広がる大きな湖を眺められる。砂浜に面しているから雨が降らないこの時期でも乾燥が気にならない。高原に位置していることもあり、気温は7月で20度を超える程度なのでとても過ごしやすい。宿といい町といい、事務の子が適当に予約した割には申し分ないアメニテ
ィ
ー
だ
っ
た。
ただし食事には慣れなか
っ
た。空港へ迎えに来たニノミヤさんから日本米を生産していると聞き密かに期待をしていたのだが、宿の食堂で勧められたパラという米粥をひとくち啜ると、予想外の甘い味付けに脳が混乱した。慌てて携帯電話のSIMカー
ドを入れ替え、エアタイムで料金をチ
ャ
ー
ジしニノミヤさんへ電話を掛けた。
(ライスが通じるので頼めば炊いたお米が出てきますよ。でも日本の味とはや
っ
ぱり少し違うので、口に合わなければトウモロコシ粉を蒸したシマがいいと思います)
シマですねと慎重に何度も確認する私の様子にニノミヤさんは声を上げて笑
っ
ていた。
結局最後の日まで、食事はシマとライスを交互に注文し、鳥肉か魚を付けるパター
ンで終わ
っ
た。敷地内の海の家みたいなカフ
ェ
で湖を眺めながらコー
ヒー
を飲んだりしてみたけれど、粉
っ
ぽい味に顔を顰めただけだ
っ
た。気がつくと膝の上に置いた拳が強く握られていて、ストレスが溜ま
っ
ていると自分でも認識していた。窓の外から聞こえる知らない言葉や風の音、そのすべてが煩わしく、夜が非常に長く感じる。どんなに脱力してベ
ッ
ドに横たわ
っ
ても、感覚は研ぎ澄まされる一方で睡魔は一向に襲
っ
てこない。こんなに眠れないのは本当に久しぶりのことだ
っ
た。
学校の建設地は西に車で1時間ほど入
っ
た林の中にある、教会の隣にある広場だ
っ
た。集ま
っ
た現地の若者にたどたどしいチ
ェ
ワ語でムリバンジと挨拶をする。目を輝かせた若者たちが一斉に返事をしたが、意味を知らない私はただニコニコと愛想笑いを浮かべ、ニノミヤさんに助けを求める目線を送
っ
た。工事を見守る子どもたちの謎の歓声がここまで届き、神経が削られていく錯覚を覚える。頭を振
っ
た私は工程表をじ
っ
と見つめ、外への意識を外すよう試みていた。
搬入されたユニ
ッ
トハウスの組み立ては3人の若者に任せた。日本で作
っ
たイラスト図と現物を交互に見せて、ボルトを締める箇所を説明する。ニノミヤさんが通訳してくれたし、1工程毎に確認すれば間違いはないだろうと楽観していたが、彼らが発電機に接続したインパクトドライバー
を回してはし
ゃ
いでいる様子に、段々と不安がもたげてきていた。残
っ
た4人は私と一緒に土台の基礎づくりをする。トランシ
ッ
トがないので直角出しは巻き尺を使う。3メー
トルと8メー
トルの部分をそれぞれ持
っ
てもらい、12メー
トルと0を重ねた私があらかじめ打
っ
た木杭に基準を合わせる。2人がたわまないように巻き尺を引
っ
張れば、各辺の比率が1対2対ルー
ト3の直角三角形が出来上がる。残りの2人が各頂点に木杭を打ち込み、同じ作業をもう一度繰り返してとりあえず建物の形を作
っ
た。本来ならコンクリー
トを一気に打ち込みたいところだけれど、水平に張
っ
た水糸のラインに合わせてコンクリー
トブロ
ッ
クを並べる。その上からモルタルを盛
っ
て基礎を完成させるのだが、この日の作業はここまでとな
っ
た。ユニ
ッ
トハウスも問題なく進んでいて、ほ
っ
と胸を撫で下ろす。言葉が通じなくても指差しだけでなんとかなると安心した私は、マラウイの若者たちの素養を見くび
っ
ていた自分を恥じていた。
ニノミヤさんの話だと日本でいう小学校への就学率は9割を超えているそうだ。ただし教師と教室が常に不足していて学習環境はあまり良くないらしい。そうい
っ
た理由からニノミヤさんのNPOで学校を作り、イギリスのNPO団体が教師を派遣する段取りにな
っ
たとのことだ
っ
た。英語圏の教師で言葉は大丈夫なのかと疑問を持
っ
たが、マラウイ自体がイギリス連邦に加盟していて現地のチ
ェ
ワ語の他に高学年になると英語も学ぶと教えてくれた。ライスが通じたのも当然な訳だ。ということは手伝
っ
てくれた若者にも英語が通じるではないか。先に言
っ
てくれればと思わず愚痴
っ
たが、チ
ェ
ワ語のほうが住民に溶け込みやすいからとニノミヤさんは屈託なく笑
っ
ていた。
基礎は翌日に完成しブルー
シー
トを被せて養生をした。機材は足りていなか
っ
たが、し
っ
かり水平が取れて少しは見栄えがする昔ながらの布基礎に仕上が
っ
た。モルタルの乾燥に5日を見積も
っ
ているので、全員でのんびりユニ
ッ
トハウスの組み立てに取り掛か
っ
た。打ち解けているのかさ
っ
ぱり分からないけれど、簡単な英単語を交わし合いお互いに笑顔を作るようにはな
っ
ていた。ストレスは相変わらず溜ま
っ
てはいるが、完成したら帰国するのにも拘らず、このままこの生活に慣れていけば気持ちよく眠れる日がや
っ
て来るような気がしていた。
重機で持ち上げたユニ
ッ
トハウスをアンカー
ボルトの位置に合わせながらゆ
っ
くりと基礎へ降ろす。ボルトを締めて建具の調整が済めば私の役目は終わる。電気や水道工事はニノミヤさんが手配した地元の業者がや
っ
てくれるそうだ。
「明後日はロ
ッ
ジまで迎えに行きますね。お土産を買うのであれば、明日街を案内しますよ。どのみち3000クワチ
ャ
しか持ち出せないので、使
っ
ち
ゃ
っ
たほうがいいですよ」
机やパイプ椅子を運び入れる住民たちの様子をニノミヤさんと眺めていると、白黒の野良猫が目の前を駆け抜け藪へ消えてい
っ
た。
「犬は雑種が多いですけど、猫は日本の種類と同じに見えますね」
「三毛もいるので、ときどき日本を思い出しますよ。大きいトカゲやサソリもいる場所なのに、不思議な感じです。お土産は、紅茶がお薦めですね。この国の名産品なんですよ」
サ
ッ
シを開けた若者が私とニノミヤさんに手を振
っ
ている。近くの教会の牧師が子どもたちを引き連れユニ
ッ
トハウスの中へ入
っ
てい
っ
た。誰かが言葉に節を付けて発する。その言葉を繰り返す若者たちの輪が、やがて歌を奏で始める。メロデ
ィ
ー
の抑揚に合わせてリズムが反復し、全身の筋肉を震わせて踊る集団も現れた。