形象彼女
学校はあくまで一つの区切りでしかないが、私こと小町はかなりの化け物、いや、狂い者だと言
っていいだろう。無駄に柄の濃いマフラーや口紅をして会話する女子をしり目に、一人薄唇で軽いスナック菓子を食べるように読書をする女だ。特別、主義のようなものを持っているわけでは無いが、私はあんな女が大嫌いだ。試しに昼放課を丸々使って校舎を練り歩き、私と同じような頭のやられた奴がいるものかと見回ってみたが、得たものはそんなやつこそヤバい奴扱いされるという事だけ。四時間目にパソコンでの文書作成練習が行われるので、私はワープロソフトを用いて女子高校生の内部構成円グラフを表してみることにした。愛、それに人生観。人は様々な考えを持つもので、たった一人の人間がすべてを見知ることはできない。逆に考える。私固有の思考のみを引けば、おのづから集合値的なものを見つけ出せるような気がした。その結果、五パーセントを私、残り九十五パーセントを女子とする……私はキーボードの上で踊る指の演奏曲を止め、あることに気が付いた。私こと小町は、果たして女子を名乗ってもいい人物なのか。はたして私に女という性別は当てはまっていいものなのか。
翌日はバレンタインデー。いくら悪評高い私こと小町とはいえ、チョコレートを作らない訳にはいかない。何故なら学校生活を送る上で、周りからの評価は著しいほど私の人格を作り上げていく。いくら笑顔の似合わない冷酷ウーマンとして高校を飛び出して社会進出を成し遂げたとしても、それではうまくいかない。私こと小町への生涯投資のようなものだ。これは私が生きてきた僅か十数年の矮小な記憶から計算したものだが、まあ、大概はあっているだろう。
ところで小町の隣の席には「向田明人」なる男子生徒がいるのだが、彼はこれといった特技や趣味もない癖に帰宅部という出来損ないのような人間だと私は常日頃感じていた。それが一変したのはバレンタインデー当日。私がお世辞にも笑って「向田君もどうぞ」と小袋に入った悪意を差し出すと、彼は一つ食べてこう口ずさんだ。
「俺、甘いもの苦手だから次は違うの作って」
生意気だ、と素直に思った。しかしごみ箱に捨てられた包装紙の様に、頭には小さな破片が残っていた。小町を一人の女性として見ていたように、私には感じられてしまった。それまでの孤独なつながりではなく、向こうから要望という形での支持に、どこかしら波打つものがあった。それから彼の顔が頭から離れずにいた。指達のスタッカートはスピードを増し、円グラフを削除して不意に百パーセントを女子と打ち込んだ。妙な合致とそこから来る切望の様なものを感じた。私が女になるのか。
一人でバスに乗り、自宅で井坂幸太郎を読むような女と、付き合いたいなど思いはしないだろうけれど。