カタカタコトン
僕には好きな人がいる。
同じ高校の違うクラスの同じ委員会の桜前さんだ。
僕には夢のようなものがある。
なりたい職業があるというような輝かしい未来があるわけではない。ただ行きたい大学があるという程度のものだけど、それでも真剣に望んでいる。
受験がテストを受けるということならば、もう僕の受験は終わ
っている。テストはそれなりに満足できる感じにできたし、すべり止めには受かっていて、あとは一番行きたい大学の結果発表を待っているだけだった。それが今日あるのだけど。
だから僕にはもうできることはなくて、遠い東京の大学へ結果だけ見に行くお金もないし、だけど一人で待っているのもつらいので、友達やなんかでボウリングに来ていた。
その中になぜか桜前さんがいるのだけど。
「みんなもう決まったんだっけ?」
ある友人が陽気に言った。それぞれが受かった大学や卒業後の進路などについて話す。
桜前さんが地元の大学の名前を口にした。うれしそうに笑っている。
その大学は僕がすべり止めで受かっているところだった。
「あれ、お前もそこじゃなかったっけ?」ある友人が僕に言った。
「そうなの?」桜前さんが笑った。
「そこも受けて受かったけど、第一志望はまだ結果待ち」
僕はわずかに顔をふせて答える。
ボールが転がっていく音。ピンが倒される音。ボウリング場はにぎやかな音を体内に響かせている。
「じゃあ一緒の大学にならないほうがいいね」桜前さんが言った。それから慌てて続ける。「あ、散野くんと一緒がイヤとかじゃないよ。本命、受かるといいねって」
「わかってるわかってる」僕は笑顔を作った。
§
私には好きな人がいる。
同じ高校の違うクラスの同じ委員会の散野くんだ。
私にはささやかな夢がある。
散野くんと同じ大学に通うことだ。
今日はボウリングに来ていた。散野くん来ると聞いて、友達に頼んで混ぜてもらった。
「みんなもう決まったんだっけ?」
ある人が楽しそうな声で言った。みんながそれぞれの決定された未来を話していく。
私は地元の大学の名前をあげた。いっぱい勉強して、受かってうれしいからたのしげな声になったと思う。
「あれ、お前もそこじゃなかったっけ?」ある人が散野くんに言った。
「そうなの?」私はさも知らなかったかのように微笑んで言った。うまく隠せているだろうか。
「そこも受けて受かったけど、第一志望はまだ結果待ち」散野くんが言った。
知っている。だけど散野くんの第一志望の大学には私の学びたい学部はなく、もとより東京の大学を受けるような許可を両親からもらえなかった。
友達がむずかしいスペアを取った。大学に合格したみたいなよろこびの声をあげたあとで散野くんに話す。
「じゃあ一緒の大学にならないほうがいいね」
散野くんの表情を伺う。すぐに言葉を追加した。
「あ、散野くんと一緒がイヤとかじゃないよ。本命、受かるといいねって」
「わかってるわかってる」散野くんが微笑んだ。
たのしい雰囲気の中でボウリングのゲームが進んでいく。散野くんの第一志望の発表はもうすぐのはずだ。けれど、それを本人が話題にしないのだから、私の方から話すことはできない。
携帯電話で確認するつもりだろうか。
§
発表の時間が近づいてきた。ボウリングは今までにないハイスコアを記録してきているけれど、正直、どうでもいいと思っている。しかし、点数がよければ盛り上がってしまうものだ。
僕が第一志望に落ちれば、四月から桜前さんと同じ大学に通うことができる。楽しげな未来を想像する。しかし、通うことができるだけだとも言える。学部は違うだろうし、別に付き合っているわけでもない。なにもなく、たまに会って話すぐらいしかない可能性も高い。というよりもきっとそうなる。
第一志望に受かれば、春からは東京だ。たまに会うことすらなくなるだろう。卒業式が、桜前さんに会う最後の日になるかもしれない。
僕にできることはもうない。いや、告白するとか、受かっても第一志望をやめるとかはなくはないけれど、前者はそれによって進路をどうするのかということだし、後者はさすがに選べるようなものではない。
試験には全力でのぞんだ。
あとは結果を待つだけだ。
にぎやかに続くボウリングのゲームの中で、僕はスコアを映すディスプレイを見上げた。見たいのはスコアではなくデジタルの時計。発表の時刻が来た。
僕は携帯電話をポケットから取り出した。
§
たぶん時間だ。
散野くんを見るとどこか落ち着かない様子で携帯電話を取り出していた。
受かっていてほしいという気持ちがある。
落ちていて、一緒の大学に行きたいという気持ちがある。
矛盾していて、自分勝手な感情がとても醜いものだと思う。
散野くんの顔がほころんだ。
何度か見たあとで、携帯電話をしまった。
「どうかしたのかよ?」ある人が散野くんに言った。
「いや、なんでもない。行ってくる」
散野くんが立って、黒く重いボールを持ち上げる。レーンの前に立ち、スムーズな助走からボールを投げた。ゆるやかなカーブを描き、ボールはピンの集団へ向かう。
激しい音を立てながら、ピンたちは舞い上がり、すべて倒されて行った。
ストライクだ。
散野くんが戻ってくる。友人たちとハイタッチしている。私も両手をあげた。
「イエーイ」
手と手がふれあう。
とてもとても、うれしそうな散野くんの表情。
私は、泣きそうだった。
ああ、きっと、受かったのだ。
<了>