暁文学
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投稿時刻 : 2018.04.28 21:46 最終更新 : 2018.05.09 20:00
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起きろメロス
たかはし@普通種を愛でる会


 私は未明に目を覚ました。今日は私が処刑される日である。但し、私の親友であるメロスが帰てこなければ、の話である。
 帰てこないわけがない。私は即座に自答した。メロスと私は竹馬の友であり、無二の親友である。メロスは絶対に約束を破るわけがないのだ。
 だが、念には念を、と言うではないか。疑ているわけではないが、一応、連絡を取ておこう。
 私はポケトからスマホを取り出し、電源を入れた。石組みの牢の中にはコンセントがないので、バテリーを消耗させないためにも、こちらから使う時以外は電源を切ているのだ。
 石牢の中は電波が弱い。お城のwi-fiもパスワードが分からないので使えない。
 私はスマホをあちこちに向けてかざし、小さな明り取りの窓の近くでようやく電波マークが一本立たのを確認して、その姿勢のまましばらく待ち構えた。
 メロスからの連絡はまだないようだ。
 いや、私は今、メロスを疑たわけではない。親友であるメロスを、一度でも、ちらとでも疑えば、私はメロスにぶん殴られるであろう。今のは確認だ。あくまで確認。きとメロスは私のために連絡するのも忘れて大慌てで出発したから、今運転中で連絡できないのだ。くだらない。寝よう。
 私はスマホの電源を切り、再び冷たい石の床にごろりと身を横たえた。囚われの身でありながら、余裕綽々で友人の帰還を信じて疑わない私の姿を、時々暴君デオニスがこそりのぞきに来ているのを知ている。本人は隠れているつもりだろうが、ふだんは椅子でうたた寝をしている牢番が起立して敬礼するのだ。王は私の姿を見て、きと腸が煮え煮えくりかえる思いだろう。私とメロスの絆は海よりも深いのだ。人の心を疑うのは、最も恥ずべき悪徳なのだ。暴君よ、メロスの姿ではなく、私の姿から思い知れ。ふふん。

 5分ほどして、少し寒くなてきた気がしたので体を起こした。決して眠れなかたわけではない。
 スマホの電源を入れ、小窓にかざす。やはりまだ着信はない。LINEも開いてみたが、メロスの「いて来メロス!」というお城からの出発の挨拶と、何か見たこともない変な生き物が走ている感じの気持ち悪いスタンプが最後である。
 いや、私はメロスを疑ているわけではない。寒さ、そう、ちと天候が気になたのだ。ウザースを開く。ここシラクスの明日の天候は…晴れ。そうか、放射冷却か。道理で道理で。ははは。寝よう。
と思てちと画面のちと下を見たら、メロスの村で大雨警報解除、注意報は継続、とある。村とシラクスの間の河川での洪水警報は続いているらしい。
 なにい?いやちと待て、あそこ渡れなかたら帰てこれないじん!?いや疑うとか疑わないとかじなくて、物理的な問題としてだよ!?河川の状況どうなてるの?国土交通省の河川管理事務所のサイトにライブカメラあたな。と思い出して接続する。電波状況が悪くてイライラする。
 ようやく回線ががて表示されたのは、、まだ日が昇る前の、画素数の粗いモノクロコマ切れのライブ動画である。私は画面が鼻の油が付くくらい近くで確認する。ダムのサーチライト越しにも、川の流れが百匹の大蛇のようにのた打ち荒れ狂う浪となり、激しく躍り狂うさまが見て取れる。
 スマホを持た手をだらりと下げ、私は天井を見上げた。絞首台てどんなんだろう?痛いのかな?
 いやいやいやいやいや、今のは悪い夢だ。私は友を疑たりなんかしていない。断じて疑うものか。だてほら、逆算してみろよセリヌンテウス。メロスが夜中に出発して、途中呑気にぶらぶらと歩きさえしなければ、とうに川は渡り終えているはずだ。そうだ。そうに違いない。ほら見ろ、王よ、私は信じている。
 動画を見たせいでだいぶスマホのバテリーが減てしまた。パケト料金も気にかかる。とにかく寝よう。寝て、起きれば、メロスがいる。以上。それだけだ。
 私は再びスマホの電源を着り、横になる。スマホの明かりが小さくなり、私の瞼も重くなる。
 そして、まさにシトダウンしそうになたその時、ピロリロリーンと着信の音がした。私は跳ね起きた。
 再びスマホの電源を入れる。起動する時間の長さの歯痒さよ。
 ようやくスマホが立ち上がり、すべてのアイコンが表示されると、着信に「1件」と書いてある。もうメロスに決まてる。またくもう、心配させやがて。いや心配なんかしてないけど。
 画面を見ずにすぐにリダイヤルを押し、耳に当てる。真の友というのは頻繁に連絡を取り合たりしないものなので知らなかたが、今時着メロにシ乱Qとかすごいな、メロス。
「もしもーし!」
「…ン…テ……ですか?」
「メロス?メロスだよね!?ちと電話遠いんだけど!あ、今電波いい場所に移動するわ」
 私は小窓のそばでつま先立ちをした。
「メロス、今どこ?今どのあたり?」
「セリヌンテウス様、わたくしはメロス様ではございませぬ。わたくしはあなたの弟子のフロストラ…」
「あーもう!!いーつも言けどお前は話が長げーんだよ!もうちと話す前に話す内容を整理して先に結論から言えていつも言てんだろ!経緯とか後でいいんだよ!」
「すみませんセリヌンテウス様。なにしろセリヌンテウス様が捕らえられたという噂でシラクス市のSNSが超盛り上がておりまして、『#セリぬん』とかいうタグが立たり超イケメンの想像図のまとめサイトができたりで、投獄特需とでも申しましうか、石工であるこの工房に「セリヌンテウス様顕彰碑」の依頼が殺到してお」
「そういう所!だからお前のそういう所が駄目なの!わかる?わかんない?わかるようにストレートに言た方がいい?どうなの?どちなの?意思表示しないとわかんないよ!?」
「すみませんセリヌンテウス様、実は」
「ああもうまどろこしい!そのセリヌンテウス様てのもやめろよ!長いから!半分以上俺のせいだけど、長いから!まどろこしいから!親方かなんかでいいよ!状況とバテリー残量考えろよ!」
「すみませんセリヌンテウス親方、あの」
「なーんーで伸ばすんだよお前は!短くするために親方て呼べて言てんのに!」
「はい、あ、あの、あの親方、メロス様から連絡があたのを伝え忘れておりまして」
「おいおいおい!そういうの先に言えよ!そういうことなんだよ人と人との信頼?友情?てやつは、そういうことなんだよ。で?メロスはなんて?」
「『土砂降りの中妹の結婚式なう!みんな微妙に迷惑そう!』だそうです」
「あー……だろうねー。ていうかお前、それいつ受け取たの?」
「昨日の昼間です」
「おいおいおいおい!!!!あのさあ、いつも言てんじん!物事は時系列順に報告しろて!先に結論言われても経緯が分かんねーだろ!」
「すいませんセリヌンテウス」
「なんで呼び捨てなんだよ」
「だて短くしろて」
「じあ親方のほうが短くていいだろ!」
「すいません、セリヌンテウス親方」
「お前なめてんのか?」
「なめてないです。なめてないです。絶対になめてないです」
「でさあ、そのあとメロスからは何かあたの?」
「何か……とは?」
「れ・ん・ら・く!」
「特にないです」
「あああああー何だよもうーテリーマーク赤くなて情報ゼロかよー、わかた、もういい、フロストラトス、お前今からメロス迎えに村の方に行け!ダで行け!でメロスに会たら連絡しろ!」
「いや、そんなにご心配されなくても、メロス様は必ず来られるかと……
……!!そんなの分かてるよ!分かてるよ俺も!ていうか俺が一番分かてるんだよ!来るか来ないか確かめろてんじなくて、大親友のメロスを、弟子のお前が出迎えに行け、てんだよ!」
「親方分かりました。でもいま僕のフロワーさんからバンバン質問が来ていて」
「お前のフロワーと俺の命とどちが大事な訳?石工の親方よりフロワー数大事なの?ねえ?じあなんなら石工の親方にメロス迎えに行けて言われたとかその『#セリぬん』タグで書き込んだほうがフロワー増えるんじね?」
「!!そうですね!行てきます!」

 弟子から通話を切られたのは初めてだが、もうこちらのバテリー的にもあいつとの会話はもう限界だ。ここから出たらもう絶対に破門だ。石工辞めてブロガーでもやてろ。

 私はぐたりと石の壁にもたれかかた。小さな窓からは、外には薄明かりが射し始めたことが感じられる。
スマホの電源を切ろうとしたその時、コツ、コツ、コツと、石の階段を下りてくる足音が聞こえ、牢番が立ち上がる音が続いた。松明の明かりが周囲を照らす。
 暴君デオニスである。
「おお、セリヌンテス殿、何とも早いお目覚めですなあ。ひとして、大親友が逃げ去たかと心配で、眠れなかたのではあるまいか?」
 暴君デオニスは静かに、けれども威厳を以もて嘲笑した。その王の顔は蒼白で、眉間みけんの皺は、刻み込まれたように深かた。
「何、何を言う」
 私は反駁した。
「メロスは必ず帰てくる」
「ふん。強がりも今のうちだけだ。お前の親友とやらは、決して帰ては来ぬ。ツイターの投票でも『帰てこない』が87%になておる。メロスは帰てこない。人は、これだから信じられぬと、わしは悲しい顔して、そなたを磔刑に処するのだ」
 デオニスはその後もいろいろ長い演説を向けてきたが、そんなことはほとんど耳には入てこなかた。私はメロスを信じているし、スマホのバテリーも気になるし、もし王の前でスマホをいじたならば、「そら見ろ!人を信じていないではないか!」と嘲られるのが目に見えていたからだ。
 王が立ち去り、牢番も死角に消えてからスマホを確認すると、バテリー残量はもう2%の表示である。電波状態が悪い中での2%。もう外は薄明である。躊躇はできない。
 私はついにメロスにライン通話した。疑ているわけではない。決して疑ているわけではない。友と話がしたかただけだ。
 呼び出し音が5回、6回、7回、8回、鳴たところで、通話が始また。
「メロス?メロス!メロス!今どこ!今どのへん?」
 数秒たてから、雑音だらけの返事が来た。
「ふ………あ、セリぬん、おはよう」
セリヌンテスは激怒した。
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