第5回 てきすとぽい杯〈平日開催〉
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考える箱
投稿時刻 : 2013.05.17 23:37
字数 : 2410
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考える箱
小伏史央


 俺はベンチの下にいた。またく、ベンチの腰掛けでいいだろうに、なぜこんな窮屈なところに押し込むんだ。
 目覚めたら俺はここにいた。公園だ。道路に面した小さな公園。ベンチはどうやらその隅に設置されているようだ。俺はその下にいる。地面と腰掛けの、小さな隙間に。
 今日が休日だたか知らないが、子どもたちの歓声が聞こえる。視線の先を、サカーボールが転がているのがかろうじて見えた。
 ふん。なにが聴覚だ。なにが視覚だ。こんなところにいては最低限のはたらきしか齎さない。感覚器官などというものは、有することよりも、作用することのほうが重要なのだ。まあ、そんなことはどうでもいい。
 俺はここから這い出ようと試みた。しかし無論のこと無理だた。体が動かない。俺は動けないのだ。
 サカーボールが転がてきた。ころころころろ。無愛想に転がてきた。それを少年の足が追いかける。いや、少年である確信などない。しかし少女ではないと思う。俺の第六感が作用したのだ。
 ははは。だからなんだというんだ。第六感が作用したところで、それが利益を形成しないのなら意味ないじないか。だからペテン師は金を稼ぐ。だからクリエイターは成り立つ。だからあのジジイは、俺を売り飛ばすことができたのだ。
 俺はいくらで売れたのだろう……
 少年の手は華奢だ。日に焼けて赤茶けているが、筋肉がいささか足りない。小学生になたばかりだと推測した。それが合ているか確かめる能動的な術はない。
 少年は俺に気付かない。サカーボールは無情に俺から遠ざかていた。ああ、俺が声を出すことさえできたなら!
 おお、万軍の主よ。……あーもう面倒くせ。俺は祈祷が嫌いだ。俺を売ていた店のすぐ向かいに、十字架が掲げられていたが、俺はその建物から出てくる人間たちが嫌いだた。彼らはたまに店にやてくる。そして商品に指を示すのだ。これなに? 一番新しい記憶では、その台詞を吐いたのはおさげ髪でそばかすのある女だた。ジジイは妙に喜んだ顔をして、商品の薀蓄を語ていたもんだ。数分も経てば、誰もがジジイの話に愛想がつく。そして自分の発言に後悔するのだ。俺は、指をさされたことがない。冗談じない。俺がそんなに、目につかない地味な存在だというのか? ああ?
 子どもたちの歓声がうるさい。学校はどうしたのだろう。今日は日曜日なのだろうか。ならば教会はどうした。俺はおさげ髪が教会に出入りするのを、毎週のように見ていたぞ。
 しかし気付いた。もう夕方なのだ。俺は朝だとばかり勘違いしていたが、ベンチの下に差し込んでくる光は、明らかに太陽が沈むときのものだ。俺はどれだけの時間、意識を失ていたのだろう。記憶が曖昧だ。そもそも俺は、なぜこんなところにいるんだ。
 推察。それしかない。俺は動けない。ならば考えるのみである。人間は考える葦だとどこかで聞いたことがある。ならば俺は、さしずめ考える箱か? ふん。葦よりは丈夫そうだ。
 子どものひとりが、帰ろーぜ、と言た。他の少年たちも同意する。ママのところに戻るのだろう。ママ、ふん。
 俺はママを知らずに過ごしてきた。この生活の中で、ママがなんの意味を齎す? 俺に母乳は不必要だ。俺はものを食わずとも過ごすことができる。向かいの教会から流れるピアノの音、それだけあれば満腹だた。はて。この近辺に教会はあるだろうか。この公園は、俺の家からどれだけ離れているのだろう。
 ジジイの顔が見たい。
 推察。俺がなぜここにいるのか、それを考えよう。といても、答えのパターンは数少ない。俺はそのうちのひとつを選択した。つまり、俺が捨てられたという可能性である。俺を買たはいいが、客は俺の対応に困り、結局特段な使用もせずに放棄したのではないか。確かに俺は、使われづらい。俺を使うのは難しい。だから俺はなかなか売れなかたのだ。
 俺は買われた後、客の車に乗せられた。車は最新型のものだた。型番など知らないが、光沢がありエンジン音も今までにない静寂を纏ていた。そこから記憶が曖昧なのだ。そして目覚めたらここにいた。どこかの公園の、ベンチの下。地面と腰掛けの隙間。狭い。暗い。
 蟻が傍を歩いている。どうか俺に触れるなよ。俺は祈た。祈祷した。どうかこの考える箱をお守りください。は、なんてこた。蟻は俺に目もくれずに、そのまま通り過ぎていきやがた。
 俺がなぜここにいるのか。仮説ならいくらでも立てられる。しかし、省みるに、そんなことは関係ないではないか。俺は今をどうにかしないといけない。かどうかを考えねばならない。ああ面倒くさい。俺から安息を奪たのは神か、それとも客か。あるいはあのジジイか?……たく。
 ああつまらない。気付けば公園には誰もいない。俺しかいない。もしかしたら俺の感覚を超えた地点に居眠りした老人でもいるかもしれない。だが俺が気付けないのならそれはいないのと同義だ。俺は退屈を感じているのだ。
 太陽が沈んでいくのが、光の加減で窺える。俺はあの太陽が苦手だ。俺の家を、なんども覗く。プライバシーを知らないのか。教会の窓にも手を伸ばしていた。きと礼拝を監視していたに違いない。あの面倒くさい存在が、俺には非常に鬱陶しかた。だから反動的に夜を俺は好んだ。太陽がもうすぐ沈みきる。
 また蟻だ。
 あああ。あああ。太陽が完全に沈みやがた。夜だ。真暗だ真暗だ。
 そうだこんな真暗な夜に、俺は大きな明るい花を見たことがある。店の窓から見える空が、突然華やいだのだ。向かいの教会の窓が、薄く染まていた。俺は無邪気に楽しんだものだ。真暗が一気に明るくなたのだ。俺も光り輝けたらと思たこともある……
 そうか。俺は爆弾なのだ。いや俺のなかに爆弾が入ているのだそうだそうだ。そうに違いない。俺はテロリストに買われてこの公園を爆発するのだそのために買われたのだ俺は爆発するのだ俺は。
 ちくしうまた蟻だ。
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