イデアル
――あの日の事、よく覚えている。
確かその日は、進路希望用紙の提出日で、信と帰りにアイスクリー
ムを食べに行く約束もしていた。朝起きたときに私はその用紙をまだ書いてないことに気が付いたけど、目覚まし時計はとっくに登校時間ぎりぎりだった。自転車をかっ飛ばしていく間もずっとそれの処理方法を考えながら学校に向かったけど、結局書く時間もなく始業の合図が響いていた。
私も信も、今日が部活動の新入生歓迎会だってことをすっかり忘れていて、結局芸術部が盛り上がっちゃって6時過ぎに校門を出たのを覚えている。信は怒っていなかった。当然だ。薄黒く染まった空気に優しい夏風の香りが漂っていた。こんな時間だからもうアイス屋もやっていないだろうと言う話になり、取り急ぎコンビニで買おうと私が急かすと、信は遠慮がちに「別にいいよ」と笑った。しょうがないので、いつも通り会話しながら帰ることにした。
信が何かを見つけた。何か、と言っても彼曰く「人影」らしいが、そこだけ世界から切り取られたように黒くはっきりとした、恐ろしく、そして美しい色だったという。そしてしばらく歩いているうちに、Y字路で人影を見た。私もだ。確かにはっきりとした人型の暗黒が、ゆらりゆらりと歩いていた。だがそれを、気が遠くなるくらい永遠待つ必要があるカップラーメンを待つように眺めていると、次第に薄く暗闇に溶けだしていき消えた。
私は不意に「こっちから行こう」と人影とは反対方向かつ遠回りの道を選び、帰宅することにした。
今思えばあれは私の影、それかドッペルゲンガーだったのかもしれない。とは言っても、どことない感覚がそう私に教えただけで、そこに照明によって人影が映るような所はなかった。あの人影は暗闇の中でどうなっていったのか、未だも妙に気になってしまって眠れない。
私のまだ知らない未来で、私はいなくなっていたのかもしれない。なんて、ちょっとした妄想。