冒険者、始めようとしました
未知の場所に足を踏み入れ、その場所を探索し、時には恐ろしいモンスター
と戦い、困っている人を助けたり、誰も見たことのないお宝を手に入れる。
そんな冒険者に、俺は小さい頃から憧れていた。
大きくなったら旅に出ると心に決め、五歳の頃から剣の練習だと棒きれをふり回す俺を親父は最初は笑いながら見守っていたらしいが、十四になっても剣の練習を続ける俺に心配そうな眼差しを向けるようになった。
「いつまでも夢を見てばかりでは、将来暮らしていけないぞ」
「うまくいっている冒険者なんて、本当に一握りなんだからな。お前が冒険なんかに出たら、すぐにモンスターにやられちまうぞ」
町で宿屋をやっている父親には反対された。それはそうだろう。宿の酒場には仕事を終えた冒険者が大勢やって来る。強いモンスターを退治したり、遺跡の中で宝物を見つけた自慢話はよく耳にしたけれど、大ケガを負って冒険者を続けられなくなったり仲間が死んだりした話も同じくらい多く聞いていた。
けれど、夢は捨てられなかった。
だから、俺は父親の手伝いをしながら酒場に来る冒険者たちから話を聞くことにした。
冒険をするにはどんな物が必要なのか。どんなモンスターがいるのか。冒険の途中でなくなって困った物はなかったか。知っていて助かったことはどんなことか。
たくさんの話を参考にしながら、俺は父親に内緒で冒険者になる準備を進めた。必要な資金をこっそりとバイトをして貯めて三年。俺はようやく必要な装備をそろえることができた。
防具は予算の範囲内でできるだけ良い物をそろえた。
武器は格好良さよりも扱いやすい物を選んだ。もちろん予備の武器もある。
薬はできるだけあった方がいい。傷薬もそうだがモンスターの中には毒を持っているものも多いので毒消し草も何種類か必要だ。
灯りはランタンと松明の二種類を用意する。水袋もモンスターとの戦闘で穴があいたら大変なので予備もいくつか用意する。野宿のために小さくたためるテントや寝袋も買った。携帯用の食料も用意したが、いざという時のために調理器具もあれば安心だ。
いろいろなアドバイスを思い出しながら、一通り必要そうな物を詰め込んだ俺のリュックはパンパンにふくらんでいた。地面に置けば俺の背丈とあまり変わらないぐらい大きくふくらんでいるが、冒険者の装備をそろえるのに実入りの良い力仕事のバイトをいっぱいやったし、家でも重い荷物を運ぶのは俺の仕事だったので、これぐらいはどうってことはない。
俺はこの辺りでは名の知れた深い森の入口までやって来た。
森の中には古代魔法王国時代に遺跡があるそうで、多くの冒険者がその遺跡に挑んでいる。
(よし! 俺も冒険者になるぞ!)
森の中に一歩踏み出そうとした時、
「すまないが、余分に毒消し草を持っていないか?」
ふり返ると、数人の仲間を連れた戦士風の男がいた。
「予備があったと思ったんだが、見当たらなくてな」
毒消し草ならたくさんある。俺は男にいくつか分けてあげると、
「助かった! これは礼だ。とっといてくれ!」
男は数枚の銀貨を俺の手に握らせた。俺が渡した毒消し草の相場よりはるかに多い。
「こんなにもらえないよ!」
「町に戻って毒消し草を買う手間が省けたんだ。これぐらい安いものさ」
そう言って男たちは森の奥に行ってしまった。
やや呆然としながら男たちの背中を見送っていると、
「あの、すみません。私たちにも毒消し草を分けてもらえませんか? お金なら払いますから」
別の冒険者たちが話しかけてきたので毒消し草を渡してやった。
その後も森の遺跡を目指す冒険者たちがひっきりなしにやって来ては俺に声をかけてくる。傷薬、携帯食料、予備のロープ、ロウソク、フライパン等々、俺の持ち物が減っていくと引き替えに、俺の財布の中の金はどんどん増えていく。
商売をしている家で育ったせいだろうか。金が増えていくのはうれしいし、「助かった。ありがとう」と言われるのも心地良かった。
考えた末、俺は森の入口にテントを張った。その前にシートを広げてリュックの中身を広げる。遺跡の地図を作るため買っておいた紙にペンで文字を書き、テントの入口の横にペタリと貼り付けた。
『冒険者の店、始めました』