映画「あなたは回る」予告編
げてきて、気付けば見知らぬ街にいた。霧の立ち込めた道路の脇に、古い民家が立ち並んでいる。
肩で息をしながら、足元の感覚を思い出す。裸足だ
った。がむしゃらに走ってきたから、いつ脱げたのかも分からなかった。
「あんさん、そんなに息切らせてどうしたんだい」
背後から老人の声がする。飛び上がって距離をとり、それからようやく振り返ったが、そこには唖然とした顔のお爺さんがいるだけだった。
「大丈夫かい」
「あ、ええ。すみません。取り乱して」
「なにかあったのかい」
「ここまで走ってきて……あの、追われて」
「何から」
「何って、あ、あれ?」
思い出せない。確かに何かを見たはずなのに、ここの霧に包まれたかのように、記憶が形を失っていく。
「なんだい、靴を履いてないじゃないか」
「脱げちゃったみたいで」
「孫のお古で良ければ、譲ってやろうかい。うち来るといい」
お言葉に甘え、老人の家にお邪魔する。上がり框に腰かけ、濡れたタオルで足の裏を拭った。ぼつぼつと小石を踏んだところが血で滲んでいるように見えたが、本当に小さな傷だったようで、砂を拭き取ると傷も元からなかったかのように綺麗になった。
「あったあった。これだよ」
「すみません。こんなに親切にしてもらって」
孫のお古だというそのサンダルは、履くまでもなく自分のものより大きいと分かった。しかしないよりはずっとマシだ。ありがたく受け取って、礼を言う。
「疲れただろう。お茶でも飲んでいきなさい」
「そんな、そこまでは」
「いやいや、飲んでいきなさい」
居間に案内される。おせっかいな人だが、サンダルを譲ってもらった引け目もあるので、再度甘えることにした。そこにはブラウン管テレビが置かれていて、今はコマーシャルを流しているところだった。
〈映画「あなたは回る」近日公開
――あなたはこの映画が始まる日まで、この予告編から逃げられない〉
足が止まる。思い出した。これを見たのだ。
焦燥感がふつふつと湧き上がる。老人を窺うとヤカンのお湯を沸かしていた。振り返って、そのまま玄関へと進む。
「なんだ、帰るのかい。ゆっくりしていきゃええのに」
呼び止められる。彼への挨拶はそこそこにサンダルを履き、玄関を飛び出した。貰ったそれはやはり大きく、ぱかぱかと音を立ててかかとが跳ねた。それでも走る。走る。走る。霧に包まれた道を、無我夢中で走った。
霧が揺れる。複数の足音が響いた。振り向かずに走り抜けた。ずっと、ずっと。
逃