田中ルーインの驚愕 それだって笑ってやっていくんだという話
田中ルー
インには童貞の気持ちがわからぬ。
物心つく頃から、継母に性的玩具として扱われ、精通を迎える前に自分の体の一部が他者の体に這入ることを経験した。初めての精通は義母の暖かな口中であった。
中学生にもなれば、男子達はクラスのかわいい女子や、テレビに出てくるアイドル、あるいはネット上で身体を晒している女性達の話をするようになる。その中で、「先輩はもうやったらしい」「三年の喬木センパイは土下座すれば三千円でやらしてくれるらしい」……らしい、らしい。憶測と妄想に充ちた話はいくらでもあった。
ルーイン少年は、その時点ではじめて自分がクラスメイト達と少しだけ異なっていることを知った。毛が生えてきた、剥けてきた気配がないこともないような気がすることを議論することにやぶさかではない、などの話を外階段の下の人目に付かぬ場所で語らいながら、彼は一人自分がすでに汚れてしまったような気がして胸が塞ぐのだ。
皆が膿んだニキビ面を赤くしながら猥談に興じる中で、一人くらい顔をしているルーインを心配してVRアダルトソフトを押しつけてくる悪友がいた。
VR機器を持っていないルーインには、それを楽しむことはできないのだが、イマジネーションにあふれた中学生であればパッケージの表面と裏面の写真だけで楽しむことも不可能ではない。むしろ、様々な事情があり、ソフトを再生せずパッケージのみを延々と楽しむ道の者もいるとかいないとか。しかし、少年はパッケージの写真と本編に出てくる人物が別人にしか見えないことを通して、社会の複雑さやままならなさ、あきらめを含んだ明るさを学んでいくのだ。
「あ……」
ルーインの口から不意に言葉が漏れる。自分の魂の一部がちぎれて口からこぼれて、そのまま戻らなくなる感覚。
パッケージの写真は、何度見てもどう見ても、今より少しだけ若い義母であった。
少なくとも、自分は愛されていいるのだと、それが歪んでいたとしても、愛情故の行為だと信じていたから彼はここまで生存してきた。
「はっ、超エロいね」
いつもなら性的な話題になると顔を伏せがちになる友人が、突然にやりと笑みを浮かべたのを見て、悪友達は一瞬黙り込んだ後示し合わせたように爆笑する。
この日、一人の少年が永遠に死んだ。