てきすとぽい
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勝手に連動 第5回ぽい杯スピンオフ賞
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〔 作品5 〕
彼の宝箱
(
永坂暖日
)
投稿時刻 : 2013.05.26 22:11
字数 : 2607
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彼の宝箱
永坂暖日
彼は大切なものを箱にしまう子供だ
っ
たという。
部屋の一角には押し入れに入り切らなくな
っ
たという大小さまざまな箱が、積み上げられている。話通り、本当に箱に入れているんだと感心するとともに、これだけ大切なものがある彼がうらやましくもあ
っ
た。
――
彼の、一番大切なものが入
っ
ている箱の話を聞くまでは。
「その一番大切なもの
っ
て
……
」
このときの僕の声は、少し震えていた。
彼の話の流れからして、一番大切なものが何かは聞かずとも分か
っ
た。そして、聞くべきではないと、頭のどこかで警鐘が鳴
っ
ていた。だが、聞かずにはいられなか
っ
た。そう、もしかしたら僕の思い違いかもしれないではないか。それを確かめるのだ。
「言
っ
ただろう、大切なものが入
っ
ている箱はいわば宝箱だ
っ
て。だから、その中身もありかも、教えられないよ」
彼ははぐらかすように笑
っ
た。僕はその笑みに底知れぬ怖さを抱いた。しかし、かえ
っ
てそれで良か
っ
たのだ。下手に「一番大切なもの」の正体を知れば、何かとんでもないことに巻き込まれるかもしれないのだから。
「
――
でも、君にだけは特別に、教えてあげるよ」
彼の話は一応区切りが良か
っ
たし、もうこれ以上触れるべきではない。そう判断して話を変えようとした直前、彼が口にした思い掛けない言葉は、触れてはいけない暗い領域へ僕を引きずり込むものだ
っ
た。
「いや、いいよ。誰にも知られたくない宝箱なんだろう」
彼は知られたくないといい、僕は知りたくないと思う。それでいいではないか。
「君は、人のものを横取りするような男じ
ゃ
ないから、教えてあげるんだよ」
評価してくれているのはありがたいが、教えてくれようとしている内容はま
っ
たくありがたくない。
「いや、いいよ本当に
――
」
「木を隠すには森の中、と言うだろう」
聞くべきではないという警鐘は鳴り止まない。
「え?」
なのについ、ほんの一瞬、耳が傾いてしまう。
「どうしてあそこに箱を積んでいると思う?」
彼の指さす先にあるのは、少し前にうらやましいとさえ思
っ
た「大切なもの」の山だ
っ
た。だが、積まれているのはほとんどが掌サイズの箱ばかりで、多いと言
っ
てもせいぜい数十個だ。
「押し入れに入らなか
っ
たからだよ」
僕の答えなど待たず、彼が立ち上がる。そして制止する間もなく、押入の戸を開けた。
上下に分かれた押し入れの下の段に、段ボー
ル箱があ
っ
た。体を丸めれば、人ひとりが入れそうなほど大きな
――
。
ずいぶん大きいんだな。それだけを冗談めかして言
っ
てしまえばこれ以上妙なことにならないかもしれなか
っ
たが、実際には声を出せなか
っ
た。
「せ
っ
かくだから、中も見せてあげるよ」
す
っ
かり顔色をなくした僕に構わず、彼はひどく重そうな箱を引きずり出した。
「これが、僕の大切なものだよ」
特にガムテー
プで留めているわけでもない段ボー
ルの箱のふたを、ぱたりと開ける。
そこに収められたものを想像して、僕はいよいよ歯の根も合わないほど震えていた。
「どおもー
! はじめましてー
!」
場違いに明るい声とともに箱の中から何かが飛び出したのと、僕が情けない悲鳴を上げたのはほとんど同時だ
っ
た。
「
……
へ?」
箱の中に立
っ
ていたのは、見知らぬ女だ
っ
た。惚けた顔の僕を見て、いかにもおかしげに、しかし少しだけ気の毒そうに笑
っ
ている。
「え
……
どういう、こと?」
訳が分からず、箱の横に立
っ
てやはり笑
っ
ている彼に問いかける。
「まさかそんなに驚くとは思わなか
っ
たけど
――
この子、僕の彼女だよ」
「は?」
「改めてはじめましてー
。彼女のみずきでー
す」
「普通に紹介するのはおもしろくないかなー
と思
っ
て。それに、一度ド
ッ
キリ
っ
て、や
っ
てみたか
っ
たし」
彼は実に軽い口調で、悪いなー
そんなに驚くと思わなか
っ
たわー
と言い、彼女の方もごめんねー
とやはり軽い口調で謝る。
「お
……
」
あまりの展開に、目の前の出来事を認識できても感情がついてこない。僕は酸素を求める金魚みたく口をぱくぱくとさせていたが、ようやく感情が追いついてくる。
「たちが悪すぎるだろ!」
バカ野郎と続けて、床の上にあ
っ
た週刊雑誌を彼に投げつける。
「いやー
、ここまでうまくいくと思わなくて」
「紹介するなら、普通で良いだろ!」
「平凡な日常にち
ょ
っ
としたスパイスを提供したくて」
「ち
ょ
っ
とじ
ゃ
ない!」
そんな僕と彼のやりとりを見て彼女が声を立てて笑う。
本当にごめんねー
と言いながら箱から出ようとした彼女が、箱ごと転んだのを見て、僕もや
っ
と笑
っ
た。
喉元過ぎれば何とやら。腰が抜けるほど驚いたが、まさかこんなド
ッ
キリを仕掛けられるとは夢にも思わないから、まあ悪くない体験だ
っ
たかなと思いさえしてくる。
それから、僕と彼と彼の彼女の三人で、他愛もなくくだらない話をしながら酒を飲んで親睦を深めたのだ
っ
た。
●
たちの悪いド
ッ
キリを仕掛けられた数日後、大学キ
ャ
ンパスで彼の彼女とたまたま再会した。
「この間はごめんねー
。でも、楽しか
っ
た」
と思い出し笑いをする。一方の僕は、少々苦く笑
っ
た。
「もうあんなことは勘弁してよ。これから、サー
クル?」
彼とはさ
っ
きまで同じ講義を受けていて、これからサー
クルに行くと言
っ
て別れたばかりだ
っ
たのだ。だから、て
っ
きり彼女もこれから行くのだと思
っ
た。
「ううん、バイト。わたし、サー
クルにはどこも入
っ
てないの」
「そうなの? 彼のこの間の話じ
ゃ
、同じサー
クルで再会した
っ
て
……
」
「ああ、あれね。あれは作り話だよー
。彼とは地元も違うもん。知り合
っ
たのは、サー
クルじ
ゃ
なくてバイト先」
僕はあの日彼が話したのは本当のことと思い込んでいただけに、なんだか遅れて地味なド
ッ
キリに引
っ
かか
っ
た気分だ。僕があんまり見事に引
っ
かか
っ
てしま
っ
たから、瑣末なところはなおざりにされたようだ。今にな
っ
ては本当に瑣末なので、どうでも良いことではある。
掲示板前にち
ょ
っ
とした人だかりを見つけたのは、バイトに行くという彼女と別れた直後のことだ。なんだろうと覗いてみると、どうやら皆、一枚の張り紙に注目しているらしい。
それはA4サイズの張り紙で、小さな顔写真が載せられていて、写真の人物の名前や学部などの詳細が書かれていた。
心臓の鼓動が速くなるのを感じた。体がかすかに震えている気がして、口の中が急速に乾いていく。
写真の人物の名は、栗原美都姫。僕や彼、彼の彼女と学部は違うが、彼とは同じサー
クルに所属していると書いてある。
そして
――
二週間前から連絡が取れず行方不明、とも。
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