3月うさぎの「スイーツ感想」お茶会
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たい焼きの隠し味(文字数オーバーですスミマセン)
投稿時刻 : 2019.03.19 21:27
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たい焼きの隠し味(文字数オーバーですスミマセン)
合高なな央


子供の頃、僕には異性の幼馴染がいた。
幼稚園の年中組までの付き合いだたから、四、五歳の頃だたろうか。
彼女の名前は仮にたいちんとしておこう。

たいちんとは社宅の隣同士で、同い年だた。物心がつく前から一緒にいたのでよくわからないが、親が言うには僕が二歳の頃に、引越してきて以来の付き合いだたらしい。だからよく一緒に遊んだし、互いの家同士を行き来もした。

うちの母親が「うちの子と仲良くしてやてね」というと、

元気よく「わかりました。仲良くします」と答えていた。

それをどう勘違いしたのか、僕はたいちんが僕の世話係になたとぼんやり錯覚していた。なぜなら生まれてこのかた、僕にとて仲がいい人というのは母親しかなく、父親も兄もあまりに身勝手な生き物で、仲が良い人種とは考えていなかた。だから『仲がよい=母親みたい=僕の世話を焼いてくれる』という詭弁を幼い頭の中で成立させてしまていたのだろう。

母親の話では、とにかく僕はどこへ行くにもたいちんの後ろをついてまわたらしい。木登りもたいちんに教わたし、近所の柿の木に登て、今時珍しいと、そこの家主に買い物袋いぱいの柿をお土産にもらてきたというエピソードもあるらしい。無論自分の記憶にはない。

そして、服装の乱れ、例えばボタンや襟なおしをしてもらい、鼻水が出ると「たいちん。鼻、鼻」といて自分でかまずにたいちんに鼻を突き出してかんでもらていたらしい。

だが、そんな僕にたいちんは辟易するでもなく。甲斐甲斐しく世話を焼いてくれたらしい。母性本能でも働いたのだろうか? 多分向こうは向こうで出来の悪い子分でも持た気でいたのだろう。


そしてある春の日。
それはよく晴れていたが、風が強く肌寒い日だたことを覚えている。

たいちんが遊びに来てしばらくすると、母親がたいちんにお財布を預け、僕とたいちんの二人で近所におつかいに行て欲しいと頼まれた。

僕らは嬉々として飛び跳ねた。
おつかいを頼まれたことが大人になたみたいで嬉しかたし、しかも、そのおつかいの内容が近所のたい焼き屋さんでたい焼きを買てくることだたからだ。
僕らは喜び勇んで家を駆け出し、土手下街路沿いのたい焼き屋さん『大黒庵』に向かた。

前述したように、外は肌寒い風が吹き、僕は多分何度もたいちんに鼻をかんでもらたことだろう。土手の上に植えられた桜並木は葉が落ちて蕾のまま暖かくなる日を待ていた。

『大黒庵』は良く言えば味のある風情の建物で、老舗のたい焼き屋さんだ。悪く言えば、焼け焦げたりサビの目立つ汚らしい掘立て小屋だ。が、味は無類と評判である。
そして『大黒庵』という名なのに何故か看板代わりに布袋さんの木彫りの人形が鎮座している。幼稚園児の僕らよりでかい。僕らはよく、そのつやつやしたお腹に触たものだ。

「どうして布袋様なの?」と聞いたことがある。

店のおじさんは苦笑いして、「七福神は、本当は5人しかいなくて、代わり番こに七役をこなしてるのさ。だから布袋様も大黒様も一緒でいいんだよ」と言ていた。確かに今思えば福禄寿や寿老人の違いなんかよくわからない。ていうかたい焼き屋なんだから恵比寿様だろうと遅らばせながらツコませてもらおう。

お店のおじさんは、みんながおじさんと呼んでいるから便宜的に僕もおじさんと呼んでいたが、実際はおじいさんで、顔の皺は笑うとさらにしわくちになり、どこが目でどこが口だかわからなくなるくらいだ。そして年季の入た職人の証と自称する手の平は、火傷をくりかえした固く厚い皮になていて、頭をなでられるとザラザラした。

大黒庵につくと、僕らは店の外から窓ガラス越しに焼き場の風景を覗き込む。店はオープンキチンみたいな作りになていて、今は、まだ何も焼いてないみたいだ。でも営業中の札がかかている。読めないけど緑色は営業中だ。

たいちんが扉をあけて

「こんにちは。くださいな」と声をかける。

ストーブの前に座て新聞を読んでいたおじさんが、

「やあ、いらい。嬢ちんたち」と笑いかける。

「今日は『おつかい』でたくさん買いにきたのよ、五つずつふた箱。でもそのまえに、二人分一枚ずつ焼いてね」

僕はたいちんの言葉に驚いて「勝手に買い食いなんてしていいの?」とたいちんに小声で聞いた。

「何いてんの? 出かけるときにおばちんがそうしなさいて言てたじない。忘れたの?」

と問い返してくる。忘れるも何も、よく考えたら、すべてたいちんにまかせぱなしなので、わかるわけがない。僕は作り笑いでその場をごまかす。

と、おじさんが訊いてくる。
「おお、今日は上客だねお嬢ちん。中身は何にする?」

「あのね。片方はつぶあん5つ。もう片方はカスタード2つとつぶあん3つ。そして今の私のぶんはつぶあん。あんたは何にする?」

「ええ、たいちん。つぶあんなんか食べるの。カスタードじないの?」

「じあ、あんたはそうしなさいよ。私は断然つぶあんの気分なの」

それを聞いたおじさんは「おお! お嬢ちんはわかてるねえ。やぱたい焼きはあんこがぎしり入た焼き立てを頭からがぶりと食べるのが通てもんだよ」と褒め称える。

そうまで言われて、僕はカスタードと主張する度胸はない。

「じ、僕も」としぶしぶつぶあんを注文した。


しばらくして、焼き上がたふたつのたい焼きをそれぞれ貰い受けるとたいちんは、「ねえ、お外で食べるわよ」と切り出す。

店のおじさんが、「今日は外は寒いよ。風邪引いちまうからストーブの側にいな」

というのを丁寧に断て店を出、土手に上て桜並木のベンチに座る。
ときおり寒風がピと吹き過ぎ、僕は身を縮める。

「いただきまあす」と言てたいちんがたい焼きにかぶりつき、おいしそうにもぐもぐする。

僕はあんこのお菓子は年寄りの食べ物だと思ているので、恐る恐る匂いを嗅ぐように口を近づける。

「寒いから一段と美味しいよ。ほら食べなさいよ」

僕はたいちんがするように頭からかぶりつく。すると表面が香ばしい焼いた卵の香りがするふんわりとした生地から、温かいあんこが口の中に押し出され、食道をとおりお腹の中に落ちていく。そしてお腹の中から陽だまりのようなぬくもりがじんわりと身体に広がていく。

僕は目を見開いて、「おいしいよ。たいちん」と叫ぶ。

そしてがぶがぶ食べ始める。

「ほらほら、慌てると口の中がやけどして皮がめくれちうわよ」

そうたいちんが忠告してくるが、その通りなのだけどやめられない。大人の味がわかた気がした。


「あのね。あんこは何で甘いかわかる?」

「そんなの知てるよ。お砂糖が入てるからだよ」

「そうだけど、実はお砂糖だけじなく塩も少しだけ混ぜるんだよ」

「ウソだい。塩は辛いんだよ。あんこは辛くないじん」

「ほんとよ。塩味が甘さをより引き立てるのよ。隠し味ていて大人の味なのよ」

……ウソだよ」とその日の僕はたいちんの言葉を本気にしなかた。


そして次の日。たいちんは遠くの街に引越していた。
僕は、それを前もて聞いていたが、その言葉が発する意味と事実をよくわかてなかた。誰かと別れるというのは生まれて初めてだたから。

トラクに乗て運ばれていくたいちんちの家財道具と車をお見送りした時も、

「ねえ、たいちん。春休みが終わたら帰てくる?」と聞いて周囲を困惑させた。

もう二度と会えなくなるという事実を飲み込んだとき、僕はぽろぽろと涙を流した。自分では泣いてるつもりはなかたので喚きはしなかた。でも、涙だけがぽろぽろこぼれた。

たいちんが車から降りてきて、笑顔でそれを拭き取て、鼻をかんでくれたが、僕はしくりあげることをやめられなかた。

そして時間が来て、たいちんちの銀色のセダンは街を去ていた。

それからしばらく、僕はあん入りのたい焼きもあんこのお菓子も頑として食べなかたと母親が時折回顧する。

多分、幼かた僕にとてあんこは隠し味が強すぎたのだろう。
たいちんの本当の名前は忘れてしまたけど、そのことはよく覚えている。
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