3月うさぎの「スイーツ感想」お茶会
 1  2  3 «〔 作品4 〕» 5  9 
食べ食うひと
投稿時刻 : 2019.03.22 02:54
字数 : 5099
5
投票しない
食べ食うひと
うらべぇすけ


 時は2019年春。芸能人が煙草も酒もお忍びデートすらも、週刊誌のスクープを待たずして、あという間に世間の目に引きずり出される時代。人々を分け隔てるプライバシーの壁が透明に近づき、インタートにないものはないと揶揄されるこのご時世に、『彼』の名は実はほとんど知られていない。
『彼』というのも単なる概念にしか過ぎない。『彼』が人間ではないことは確かだが、そこに性別を見いだせない不安定さについつい、ラベルを貼ただけなので、どうかご容赦いただきたい。
 さて、どうして私がこんな文章を書いているのかと言えば––––いや、まずは『彼』について簡単に紹介したいと思う。私が『彼』を初めて目撃したのは、ちうど11歳の春のことだ。

「卒業しても友達でいてね!」
 小学一年生の頃からずと仲の良かた留美が、感極また表情で時々、鼻をすすりながら私の手を取る。いつもとは違うフマルなワンピースに身を包んだ彼女は、普段のガサツで乱暴な姿はどこへやら。お嬢様のような気品すら漂わせている。
 卒業式。お互い、公立中学校に進学して、家もさほど離れているというわけでもないから、数週間後には同じ通学路で肩を並べて歩くと思うと、実はそれほど涙も出ない。というよりも、ふたりともスマートフンを持ているのだから、どうせ明日にはスタンプの投げ合いをしているわけで。
(素直に泣けるのて才能あるわ)
 もちろん、そんなことを本人の前で口にするほど、もう幼くはない。適当に慰めの言葉を投げかけて、彼女の手を握り返す。親友ぶりを満足のいくまでアピールしたあと、別の仲良しの友達のもとに走て行く留美の背中を見送て、小さなため息をひとつ。それから、キと顔をあげて、雑踏で賑わう体育館をあとにする。
 そう。私には、心に決めたことがある。ずんずんと渡り廊下を歩いて、彼がいつもそうしていたあの場所を目指す。彼はひとと群れない。いつでもクールに非常階段の踊り場でこう言うのだ。
『ひとはひとりでは生きていけぬ』
 子どもらしからぬ哀愁をその背中に漂わせ、煙草に見立てた草木を咥える姿は、くだらないことで女子にちかいをかけては歓声をあげるクラスメイトの男子とは違て、とても魅力的に見えた。
 女子グループにいれば、誰が誰を好きだとか告白しただとか、恐ろしいほどのネトワークで拡散されることを知ている。だから、そこに一度も名前の上がらない彼は、同世代の女子たちからはノーマーク。もちろん、私もそれらしい言動をしたつもりはないし、気づかれていないはず。それもそう。この日のため――
「柊くん
 柊くんは、卒業式の今日この日にも、相も変わらずそこにいた。私の声にちらりと視線を送るが、まるで興味のなさそうに肩をすくめるようにして、また空を見上げる。そんな彼と同じ空気を吸いたくて、柊くんの隣に立て空を見上げる。そこにはいつもと変わらない空が広がていた。
 しばらく私たちは無言で空を眺めたあと、柊くんがまたぽつりと口を開く。
「卒業式て言うけれど。なにから卒業するんだろうな……
 小学校から。
 咄嗟に言いかけて慌てて口をつぐむ。違う。彼は、そんな単純な『卒業』を言ているわけではないのだ。もとミステリアスで意味の深い『卒業』を指している。 
 私は必死で、柊くんが興味を持てくれそうな言葉を探す。私は決して馬鹿じない。塾にだて通ているし、模試の成績も結構良くて、塾の先生から私立受験を勧められるぐらいだ。だから、ここで気の利いた言葉が言えなくてどうする。私。
 柊くんは、決しておしべりなほうではない。だから、最悪さきの言葉で会話は終了。私たちは先生たちに呼び戻されてしまう。なんのために二年間、我慢してきたのか。今だ、私。頑張れ、私。
……私たち、も……卒業、しない? その……クラスメイト、から……とか……あははは……
 なんとか紡ぎ出した台詞はしかし。あれだけ決意していた私の心とは裏腹になんとも弱々しく、最後なんて照れくささで笑うほかなかた。だけど、ここでフローの言葉を足してしまたら、それこそ柊くんに呆れられてしまう。だから、私はそれ以上なにも言わず、柊くんの言葉を待た。遠くの喧噪が嘘のように静かだ。というか、居たたまれない気分で意識がどうにかなりそう。
 そのとき、私は見た。不意に現れた黒い影。振り返ると、そこになんとも形容しがたい男が立ていた。出で立ちはジジを着た、毛むくじらの体育教師だが、梅干しでも食べたのかてくらい、すごく酸ぱそうな顔をしていた。それから大きく口を開けて、なにかを食べるような仕草。そしたら、柊くんがやと口を開いたんだ。
「あれ、なんの話してたんだけ?」

 これが『彼』のフストインパクトである。おわかりいただけたであろうか。なんとも甘酸ぱい、よくある恋バナのワンシーン。そこに現れた酸ぱい顔の男。いや、あれが男だたのかはわからない。きと、人あらざる者を私の脳が勝手にそう認識しただけだ。とにかく、彼は食べたのだ。私の初恋を。ちなみに、柊くんはそのあと、他県の中学校に転入して、今も行方はわからない。
『彼』の話は、さらにある。それは、私が16の夏。同級生の仲の良い男子とシピングモールで『デート』をしていたときのことだ。

 良太くんは、クラスでも人気のある男子だ。女子ネトワークじ、かなりモテ男で有名だ。とは言ても、本人はそんな話を気にしているそぶりもなく、結構アプローチしている女子がいるのに、素通り。
 そんな彼とは同じ部活だ。小学生の頃の黒恋歴史を思い出しては、深夜に悶絶していた私は、それを引きずりに引きずて中学は恋とは無縁の生活を送ていた。が、これではいけないと、漫画雑誌についてきたコスメグズで化粧を覚えて、高校では彼氏のひとりぐらいとはと、軟弱な精神を立て直すために、あえて剣道部に入てみた。
 そしたら、超細身。超イケメン。男子女子、分け隔てなく優しくて、だけど、ちと陰があて、時々悲しそうな目つきに、私の心はズン。みんなの中にいるのに、ひとりだけ別の世界にいるようなミステリアス。たぶん、私はこういう男がタイプなんだと思う。
 これはキマシタワて思ていたのに、やぱり人気の男子だた。だから、この恋も卒業式行きかなて思ていたのに、すごく面倒見が良くて急接近。
 きと本人は私の気持ちなんてちともわかいないと思う。女子グループでは、愛されたいより『愛したい』男ランキング一位。その理由は、母性というのか、そういうのをくすぐる『私がしてあげなき』タイプだたから、特に上級生がアプローチしていたみたいだけど、とにかく彼の気持ちに関係なく、『私が』てやつ。この気持ち、伝わるだろうか。
 そんな彼とふたりで休日にシピングモールに行くことになて、別に手を繋ぐわけでもないのに、隣を歩いているだけで胸が弾けそうになる。ほかの女子たちを出し抜いたという優越感もあるけれど、今は一緒にいて、『あ、次はこちだよ』とか『これ、どうかな』て積極的に彼をリードをしたい気持ちのほうが強い。
 デートだなんて浮かれているのは私だけ。部活で必要な品物を当番だから買いに来たてオチだけれど、それでも休日にも関わらず制服を着崩した姿に、変な高揚感を覚えてしまう。
 歩いているだけで他校の女子がなんども彼を振り返るし、『え、ちと良くない?』とか『あれ、彼女? 全然似合わなーい』とかちらちら聞こえてくるしで、もう頭がパニク状態になている。
 買い物も終わて、ちとフードコートでご飯でも食べようかて肩を並べてあちこち見て歩いていたら、そしたらまたアレが見えてしまた。
 そいつの隣には女がいて、なんだか微笑ましい視線をこちらに送てくるのだが、肝心のそいつはやぱり、酸ぱそうな顔をして、口をバク
『青春だな』
 で、携帯電話を開いた良太くんが振り返るんだ。
「ごめん、急用ができてさ……解散しようか」

 柊くんに続いて良太くんまで『彼』の食事の餌にされた。ほかにも大学で知り合た、やぱりミステリアス先輩も同じように食べられたし、職場で知り合た闇オーラが溢れ出ている同僚もバグ。食べて食べられて、私の甘い恋はどんどん『彼』の肥やしにされてしまう。
 もと最悪なことに、なんとか一年続いたカレにようやくプロポーズされて、涙が出るぐらい嬉しかたのにやぱり『彼』が食べちうんだから、28歳。女のモテ期も過ぎてしまて、若い新入社員たちがチヤホヤされているのを遠くから眺める年齢になてしまた。
 でも、最近、私は『彼』のことがよくわかるようになた。そう。この文章を書こうとした理由。それは––––

 今日も私は満員列車に揺られている。おさんどもは躊躇なく鞄はまだしも、肩とか当ててきてこちらを睨んでくる始末。車内の真ん中でキ、キ騒いでいる女子高生ぐらいの若さなら、こんな雑な扱い。なかただろう。うんざりするぐらいの人間の体臭であふれかえた車内で、彼女たちはどこか涼しげに感じてしまうのは、年齢のせいだろうか。
 そうは言ても、ほとんど終点に近い駅に降りるせいか、一時間もすれば、そういう不快感は薄れて、運が良ければ座席にありつける。毎日の喜びと言えば、その程度のものだ。
 急速な摩擦力で車内の人間が進行方向とは反対に傾いて、私は足に力を込めてやり過ごす。聞き取りにくいアナウンスとともにドアが開いて、大量の人間たちが降りていく。素早くあたりを見回すと、ありがたいことに座席に空きを見つけて、そそくさとほかの客が座る前に腰を下ろしてひと息。隣には、先ほどまで騒いでいた女子高生たちの鞄が乱雑に置かれ、彼女たちにはわからないようにずりずりと腰を動かして荷物を動かす。これで降車駅まで快適に過ごせる。ラキー
 そんなふうに思ていたら、電車の走行音や雑踏であまり聞こえなかた彼女たちの会話がダイレクトに耳に届いて、私ははとする。
「レミてば。そんなふうに思てたらダメだて」
「だ……恥ずかしいし……
 ちらりと最後に発言した女の子に目をやる。ぱと見、地味な容姿だが、はち切れんばかりの胸がセーラー服を押しやり、もじもじと顔を赤らめる姿は、かつての私。
「だから、絶対いけるて。ほら、次の駅! 立て立て!」
 それでももじもじと太ももをすりあわせて俯く級友に、ポニーテールのザ運動部て感じの女子が無理矢理、座席から剥がしてドアの前に立たせる。見てるこちが恥ずかしいぐらい、顔が真赤だ。しなやかな腕が手すりに伸ばされ、照れ隠しか、なんども前髪を指で弄ては身体を震わせる。
『まもなくカニエカニエ。足元にご注意ください
 囁くような車掌の声がアナウンスされ、ややあて慣性の法則が車内の人間を襲う。金属と金属が擦れ合う不快な音が鳴り響いて、ドアが開く。
「あ……
 ドアの前に立ていた女の子が小さな声を発して、顔をあげる。何人かの男子高校生が乗り込んできて、彼女の近くでたむろする。そして、ドアが不自然な動きで閉まり、ガタンと大きな揺れがひとつ。
 そのとき、ひとりの男子高校生がその動きに負けて、女の子に覆い被さるようにして倒れ込む。
「あ、悪い! 大丈夫? 当たてない?」
 見るからに健康的な短髪の男子が、自然に女の子の肩に手を伸ばし、彼女の機嫌を様子見る。肝心の彼女は、顔を真赤にしてもじもじと目を俯かせながら、さりげなく男子の腕に手を添えて、
「あ、あの……だ、大丈夫、です!」
 と、激しく髪を振り乱す。そんな彼女に、男子は優しく顔を近づけて言うんだ。
「そか。急に揺れてたからさ」
 女の子がうとりと男子の顔を見つめ、男子も引き寄せられるようにその目を見つめている。ふたりはもう、別世界にいるのだろう。車内の喧噪など、くそ食らえだ。ただただ、ふたりの後ろで流れていく景色が遠ざかていく。
 そこまで見ていた私は、もうどんな顔をしたらいいのか、わからなくて、でもなんだろう。この気持ち。すごく。すごく。
(ス!!!!)
 思わず口を開いて、まさに食べるような仕草で歯と歯を噛み合わせてしまう。まるで、『彼』のように。
「あれ、清水じん。なんで立てるの? 空いてるんだから座たら? というか、鞄どうしたんだよ」
 その言葉にはとした女の子は、目を泳がせ、私を捉える。私は慌てて目を逸らすのだが、彼女の目には映たかもしれない。『彼』の姿が––––
← 前の作品へ
次の作品へ →
5 投票しない