3月うさぎの「スイーツ感想」お茶会
 1  3  4 «〔 作品5 〕» 6  9 
スイーツバイキングにはもう行かない
投稿時刻 : 2019.03.22 11:17 最終更新 : 2019.03.27 22:43
字数 : 2534
5
投票しない
更新履歴
- 2019/03/27 22:43:17
- 2019/03/22 12:18:44
- 2019/03/22 11:17:33
スイーツバイキングにはもう行かない
すずはら なずな


 週末にスイーツバイキングに行くから付き合えと鈴が言た。そんなところは女子同士で行た方が楽しいのではと、蒼汰はやんわり断たが、鈴に押し切られた。
 鈴の母親の奈津子おばちんが亡くなて、まだ一週間しか経ていない。いや、鈴にとては「やと一週間」なのかもしれない、それとも「もう」なのだろうか。一週間の重さを測りかね、結局蒼汰は鈴に何も言い返せなかた。

 奈津子おばちんが入院してからの数か月、鈴は毎日病室に通い、プリンやゼリー、アイスクリームを届けて、一緒に食べたという。本当は焼き菓子が大好きなのに、ずと熱ぽくて、そういうものしか食べられないとおばちんが嘆くから鈴は、良くなたらスイーツバイキングに行て 思いきり食べようね、絶対だよ、と何度も約束したのだそうだ。
 蒼汰の母親は仕事で帰りが遅かたので、小学校卒業の頃までは、幼馴染の鈴の家で過ごすことも多かた。おばちんはお菓子作りが得意で、いつも手作りのケーキやクキーをおやつ時に出してくれた。その頃のことを思い出すと オーブンから漂う甘い香りと焼きあがた時のわくわくした気持ちが蘇る。
 
 昨日から学校に出て来た鈴は 思たより元気そうだと、クラスのみんなは言た。葬式で憔悴しきた姿を見ただけに、登校したらどう接したらいいのか気を揉んでいた鈴の親友の山田や古木は少なからず安心したようだた。
「昨日も山田たちとクレープ食べて帰たんじの?」
「よく知てるね」
「帰る前から騒いでたじん。何食べようかとか、どれが好きとかさ」
そう、やたらと五月蠅かたのだ。笑い声がかん高くて、頭痛がした。他のグループの女子がちらちら鈴を見ているのも気に入らなかた。

 宝石箱みたいにきらきらした苺のタルト、ふんわり生クリーム添えのシフンケーキ、マロンクリームが繊細な螺旋を描くモンブラン、エクレア、テラミス、チーズケーキ。スイーツを載せた皿を鈴は黙々と作り上げ、次々と平らげてはまた、これでもかという程大量に載せた次の皿を持て戻て来る。見ているだけで胃もたれする。
 鈴の皿の半端ない量と、憑かれたように食べ続ける様に、周囲のテーブルの客たちも気づく。好奇の視線がぐさぐさ突き刺さる。何やらささやく声もスマホで何かをツイートする様子もシター音もすべてが鈴と自分のことを言ているように蒼汰は思てしまう。居たたまれない気持ちで鈴の食いぷりを窺た。
「おい、鈴」
無言で食べ続ける鈴に声を掛ける。
「おい、鈴、食いすぎ。腹壊すぞ」
ストレス解消にしても、と言う言い方はデリカシーが無いと思う。だけど、この食い方は異常だ。いつもなら、食レポ宜しく感想やら蘊蓄やらうるさいくらい言いながらゆくり味わて食べる奴だ。ずと無表情なのも気になる。日頃は解りやすく気分が顔に出る方なのだ。

「無理しなくていいよ、て言われるの。お昼にお腹すいたて言ても、クレープ食べて美味しいねて言ても」
俯いたまま鈴がぽそりと言う。
「山田は小学校の時大好きなお祖母ちん亡くしてて、コキちんは去年タクヤが死んじて」
「タクヤて?」
「ゴールデンレトリバー。ほら、こんな大きさのふさふさの。一緒に散歩してるところ会たことあるでし
「犬か」
蒼汰が言うと、鈴は急に顔を上げ、真剣な顔で声を上げる。
「タクヤだよ。コキちんはほんとに大事にしてたの。大好きだたんだから。家族で、親友で、恋人だたんだよ」
「そか」
その後の沈黙はやたら長くて、この先ずと何も言わないんじないかと蒼汰が思た時、また鈴が呟くように話し始めた。
「そしてね、二人がね、言うの」
山田はばあちん亡くしてから長い間食欲がなくなて三キロ痩せた。古木は何をしていても勝手に涙が出て止まらなくて、匂いも味も解らない日が続いたんだという。
「なのに私はね、ちんとお腹がすくんだ。ご飯の時間が来たらご飯食べられる。お母さんいなくてもご飯食べるんだ」
そう言いながら、鈴は積み上げたプチシをぐさぐさとフクで刺し、合間に口に放り込んだ。
「それにね こういうのも全部、やぱりちんと甘いの。美味しいの」
返す言葉も見つからず蒼汰は鈴の手元と、俯いた鈴の顔を覆う前髪を見る。思い出すのは先を争て食べた奈津子おばちんの手作りのおやつ。教わて初めて作たクキーは少し焦げた。いつでも美味しい美味しいと言いながらぱくぱく食べる鈴の顔を見つめるおばちんの顔の嬉しそうだたこと。
「美味しくて、甘くて、どうしようもなくて、甘くて、美味しくて」
「…少しだけ、苦い」
ぽたり。フクを持たまま止またきりの鈴の手の甲に大粒のしずくが落ちた。その後も鈴は繰り返し繰り返し同じような言葉を壊れたみたいに言い続けていたけれど、しくり上げながらの言葉は意味不明で、その様子がまた周囲の客たちの目を引きつける。だけどもう、そんなのはどうでもいい。蒼汰は思う。

「食うか、喋るか、泣くか、どれかにしなよ」
ほれ、と蒼汰はポケトに入たままだたくしくしのハンカチを鈴に渡す。受け取たハンカチで乱暴に頬の涙を拭くと震える声で詰まり詰まり、鈴が言た。
「わ、わたし、た、食べて、ても、い、いい、いいのか、な」
「いいに決まてる」

……こんな無茶な食い方じなければね」
蒼汰がそう続けて言うと、ハンカチを握りしめたまま、鈴はやと顔を上げた。
一瞬見つめ合い、微笑むのかと思た鈴が いきなり目を大きく開くと 
「──吐きそう」
青い顔をして席を立た。

   *

「ごめん、今日は付き合わせて」
席を立た鈴が何を吐き切て来たのかは聞かない。青ざめていた顔の鈴の頬にうすら赤みがさして、少しだけさきより元気そうに見えた。
「次は山田たちとに付き合てもらえよな」
「うん、そうする」
そう言てから 鈴が小さく付け加えた。
「あ、でもバイキングはもういいかな」

 照れ隠しなのか、鈴が急に背中を小突いて来た。肩をつつき返す。もう一度蒼汰の背中を小突いて、鈴が急に走り出す。公園に連れて行てもらた帰り道、よくおばちんと鈴と三人で駆けこしたな、蒼汰はそんな風に思い出しながら鈴の後を追いかける。
  
← 前の作品へ
次の作品へ →
5 投票しない