てきすとぽい
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第7回 文藝マガジン文戯杯「COLORS」
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ひまわりの庭
(
すずはら なずな
)
投稿時刻 : 2019.04.27 11:42
最終更新 : 2019.05.29 21:02
字数 : 4203
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2019/05/29 21:02:57
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2019/05/29 20:50:28
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2019/05/29 20:44:26
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2019/04/27 11:49:33
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2019/04/27 11:48:12
-
2019/04/27 11:42:48
ひまわりの庭
すずはら なずな
世界から音が消えた。いきなり耳が聞こえなくな
っ
たのだ。
母の葬儀の後、実家の片付けも一段落して、押しかけ同居人の義人と
穏やかに過ごしだしたその後、仕事に戻
っ
た一カ月後のことだ。
「や
っ
ぱりストレスとかじ
ゃ
ないかな
ぁ
。のりち
ゃ
ん」
紹介された総合病院での検査結果を眺めながら、幼い頃から馴染の医者は言
っ
た。
「お母さん亡くな
っ
て、ど
っ
かで無理してないかな?」
診断の時の様子や医者の言葉などを家に帰
っ
て話すと、翌日義人は慌てて点字の本や癒し系の音楽の入
っ
たCDを買いこんで来た。そして「こんなもの買
っ
てきち
ゃ
っ
たぜ
ぇ
」と自慢げに披露し始めるまで
自分のトンデモナイ間違いに気がつかなか
っ
たのだ
っ
た。義人の相変わらずのトンチンカンさには笑えたけれど、その慌て方を見ていると自分で思
っ
ているより、事態は深刻なのかもしれないと、それはそれで
少し落ち込んだ。
職場近くのワンルー
ムを引き払
っ
て
主のいなくな
っ
たこの家に戻
っ
て住むことにした。通勤には時間が掛かるようにな
っ
たがさほど負担には感じない。幼い頃父を亡くし、母の実家であるこの家に住み始めた頃はなかなか馴染めず、祖母を心配させてばかりいたけれど、今こうして帰
っ
てみると
古いこの家にある何もかもに母との思い出や祖母の温もりを感じて
落ち着く。
問題は私が職場復帰した途端
今度は上司が行方をくらましたことだ。噂では個人的な借金問題だとからしいけれど、本当のところは誰も知らない。ひ
っ
きりなしに問い合わせや取引先からの苦言の電話が掛かり、対応し続けて
休む暇もない。
耳が聞こえなくなるなんて
自分にこんな逃避ワザがあるとは思わなか
っ
た。けれど「体調不良」に逃げたから
っ
て事態は全然
楽になんかならないものだ。まずは職場の他の皆に
事情を伝え、メー
ルとFAX対応の仕事をさせて貰うことにした。
「ほら、のりさん、こんなに芽が出たよ」
義人がこ
っ
ちを向いて
口をぱくぱくしている。つば広の麦わら帽まで買
っ
てきて
首にタオルを巻いた姿が案外似合
っ
ている。最近はだんだん義人の手振りや表情で何が言いたいか解るようにな
っ
てきた。というか、義人の言いそうなことなんて
もともと予測はつくのだ。
*
義人に初めて声を掛けられた時を思い出す。
「『自分は閉じてます』
っ
てアピー
ルしてる感じがするな
ぁ
」
お気に入りのバー
ガー
シ
ョ
ッ
プの窓向きの一人席。
同じビル内に勤める顔みしり程度の関係だ
っ
たのに、その日
彼は迷う風もなくすぐ隣に座
っ
て、いきなりそう呟いた。自分に話しかけているとも思えず黙
っ
てコー
ヒー
を啜
っ
ていると
今度はは
っ
きりこちらを向いて彼は言
っ
た。
「ハグとか
っ
て、どうなんだろうな
……
」
いきなり何を言い出すんだコイツ。
唐突な質問に、ポテトの欠片が開いた口から転がり出そうにな
っ
た。
「自然体でそういうことできたら、何かが変わるかもしれないとか思わない?」
さ
っ
きの「閉じている」発言から続けて、驚いたらいいんだか、怒
っ
たらいいんだかよく解らない。すぐに素直な感情を出す前に固ま
っ
てしまう。自分で自分の「素直な気持ち」
っ
ていうのが解らない。確かに我ながらや
っ
かいな性格だとは思う。咄嗟のことにうろたえたのが見てとれたのか、義人は愉快そうに目を細めて私の顔を見、聞きもしないのに最近観たDVDについて語り出した。
「文化の違いについて考えていたところなんだな
ぁ
。実は」
その映画は、クリスマスやバレンタイン頃によくあるハー
トウ
ォ
ー
ミング系のオムニバスドラマだ。
「『恋人同士』じ
ゃ
ない男女のハグ
っ
ていうのがね、」
そういうのが成り立つ「西洋文化」
っ
ていうのについて
彼なりに考察したという。
「日本人じ
ゃ
、なかなかああはいかないよな
ぁ
、と思
っ
て」
案外面白い人なのかもしれない。くるくる変化する表情と
よく動く唇を眺めながら思う。
「で、思
っ
たわけ」
義人は息をつき、カ
ッ
プから氷が融けて薄ま
っ
たアイスコー
ヒー
の残りをすする。ズズズ
ッ
という遠慮のないその音を聞いて
いきなり現実に引き戻された気がした。
「もしあなたが『閉じている』なんて言われるのに今、ムカ
っ
ときたんならさ、そんな自分のカラを破りたいと思
っ
ているとしたら」
人懐
っ
こそうな目でじ
っ
と見つめられて困惑する。何なんだ、い
っ
たい。
「僕とハグ
……
」
その軽そうな頭をバコンと叩きたい。でも、それもできなくて
黙
っ
て席を立
っ
た。
*
「ハグ攻撃でや
っ
と相手がね、気持ち開いてくれた」
とろけそうな笑顔で急に話し出す義人の顔を見て、またハグの話か、そう思
っ
た。誰か他にも同じ手で迫
っ
たわけだ。ふうん、と思
っ
た。
最初に話した日から
何度も会
っ
ていたけれど、女性の話は聞いたこともなか
っ
たし、誰かほかの女の人と一緒にいるのを見たこともなか
っ
た。懲りもせずまた同じバー
ガー
シ
ョ
ッ
プで
懲りもせず義人は隣に座る。嫌なら自分が別の店に行けばいいんだとは解
っ
ていたが、それだけの理由でお気に入りの店に行くのをやめる
っ
ていうのも大人げない気がした。意地もあ
っ
た。自覚はなか
っ
たけれど少しだけ
義人への興味もあ
っ
たのだ、と今では思う。
「本当は人恋しいくせに近づこうとしない、そんな子でさ」
「
……
そうですか」
「のりさんと
ち
ょ
っ
と似てる」
「そんなことで私と似てるなんて言われても」
……
別に嬉しくないんですけど。
いつの間にか
名前で呼ばれていることに気づく。
「ハグさせてもらうまで長いこと掛か
っ
たけど、いや
ぁ
、今ではもうお互い離れられない存在
っ
て感じで」
「ふうん。それは良か
っ
たですね」
不機嫌そうに聞こえないように注意して答える。
「最近なんかあ
っ
ちから寄
っ
て来て、喉なんかゴロゴロいわせて目細めち
ゃ
っ
て」
「?」
「ニワ
っ
て名前付けた、猫、好き?」
それは彼の住むハイツの庭に来るのらねこの話で、日にちを掛け少しずつ近づいてスキンシ
ッ
プを増やし、や
っ
と「ハグを許してくれる仲」にまでな
っ
たのだそうだ。映画の話といい猫の話といい、目をキラキラさせながら嬉しそうに語り続ける彼の様子に、悔しいけれど思わず次の言葉を期待して待つ自分がいた。ハグできる仲にな
っ
た相手が猫だ
っ
たと解
っ
たその時の、自分の力の抜け方が可笑しか
っ
た。
お昼時、色々な店のテー
ブル席に向かい合
っ
て座るようになり、それぞれの観た映画が少しずつ重な
っ
た。ニワの来る義人の部屋で一緒に観たDVDが増えてい
っ
た。選ぶ映画も感想も、色々違うけれど
何だかち
ょ
っ
とズレている義人の視点はいつも面白いと思う。
いきなりの義人からのハグはや
っ
ぱり あり得なくて、冗談でごまかした。
**
押し入れを整理していたら色々な古いものが出てきて
ついつい眺めてしまう。幼稚園のお絵かき帳、小学校の時の賞状。私が放置していたものを母は丁寧にまとめて大事にと
っ
てくれていた。その中に小学校の成績表や連絡帳や作文も入
っ
ていた。どの先生の書くメ
ッ
セー
ジもいつもほとんど同じだ。