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遊び場
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幸福の知恵の輪、さよならは言わないで…
(
婆雨まう@KDP作家~カクヨム~エブリスタ~なろう!?
)
投稿時刻 : 2019.06.09 03:08
字数 : 9437
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幸福の知恵の輪、さよならは言わないで…
婆雨まう@KDP作家~カクヨム~エブリスタ~なろう!?
ほんの小さな手がまだ眠
っ
ている蕾のようにゆ
っ
くり花開いた。
ピー
ッ
。
狭い室内に電子音が響き、心電図モニター
の波形が直線にな
っ
た。
心拍数のメモリがゼロを記録し、手術室が騒がしくな
っ
た。
看護婦が持ち場を右往左往している。
「心肺蘇生」
「はい」
「人工呼吸、開始」
AEDの準備が進められ、わずかな時間を縫
っ
て人工呼吸が繰り返された。
AEDを人体にあてる。
体が電気シ
ョ
ッ
クでわずかに反応するものの、心臓は停止したままだ
っ
た。
何度も繰り返された心臓マ
ッ
サー
ジは医療の甲斐なく徒労に終わ
っ
た。
「4月23日、午前2時20分、死亡を確認しました。ご臨終です」
医者が廊下で待機する光代の前に現れ死亡を宣告した。
達也は満4才だ
っ
た。
光代は下を向いて言葉をかみしめた。
そのときは茫然自失していたためか、まだ悲しみは襲
っ
てこなか
っ
た。
不幸というものは突然訪れる。
前置きなく。
前触れなく。
この日、光代は達也を失
っ
た。
光代が幸せだ
っ
たのかどうか、それは誰にもわからない。
3日前まで達也は普通の暮らしをしていた。
3日前まで元気だ
っ
たのだ。
時刻を3
ヶ
月前まで巻き戻してみよう。
達也は元気に公園で遊んでいた。
小さな手でハンドボー
ルを抱えようとする達也。
手が小さすぎて、ボー
ルをなかなか持ち上げることができない。
右足を使
っ
て達也はボー
ルを蹴り上げた。
公園には達也と啓介の他に人はいなか
っ
た。
ボー
ルは3メー
トルほど転がり、啓介の前で静止した。
啓介がボー
ルを軽々と右手でつかんだ。
父親である啓介
……
というより、達也の母、笹川光代が再婚を考えている荻野啓介は、トラ
ッ
クの運転手をしていて、週末だけ家族のまねごとをしに光代のもとを訪れていた。
啓介はいつもイライラしていて、得意先から怒鳴られるたびに、将来の息子、達也に向けて怒りをぶちまけた。
達也に小言を言い、啓介が手を上げる。
母親の光代は見て見ぬふりをして、何も言わない。
達也はどうして叱られるのか意味が飲み込めず、ただ黙
っ
て下を向く。
頬を叩かれる達也。
口の中が切れ、甘い血の味が口い
っ
ぱいに広が
っ
た。
いつものことだ。
達也は下を向き、悲しい表情を浮かべた。
母親の光代は、達也が叩かれても顔色ひとつ変えない。
ほ
っ
ぺたが真
っ
赤にな
っ
て、腫れ上がるくらい叩かれても、光代は気にも留めなか
っ
た。
世の中には理解できないことが山ほどある。
親を憎悪するルサンチマンな息子もいれば、親を愛しているのに報われない子供、自分の腹から産まれた我が子を憎む親もいるということだ。
達也の両親は達也の誕生後わずか数
ヶ
月で離婚を決意し、生まれたばかりの達也は光代が引き取
っ
ていた。
もちろん達也にその頃の記憶はない。
ただなんとなく感じるほのかなノスタルジー
と、父親と一緒に写る数枚の写真が、自分は愛されていたんだなという実感を達也にもたらしていた。
別れた父親に顔が似ていた達也は母親である光代から毛嫌いされ、光代の再婚相手となる啓介にも邪険に扱われた。
両親が離婚するまで可愛がられて育
っ
た達也の状況は、両親の離婚を機に一変してしま
っ
た。
ふとした仕草や笑い方が離婚した夫によく似ていた達也は、まさに運命に弄ばれ、茨の道をさまようことにな
っ
た。
う
っ
かり母親に甘えようものなら頬をぴし
ゃ
り。
母親が再婚を決めた啓介には蹴られ殴られたりして、食事も満足に与えてもらえなか
っ
た。
いや満足に、なんていうものではなか
っ
た。
食事は昼に一度。
粗末なおかずが添えられているだけのわずかな食事は、ごはんに梅干しだけとか、ごはんに卵焼きだけのときもあり、達也は砂糖菓子のように甘い1個の卵焼きを噛みしめながら味わ
っ
て食べることも多か
っ
た。
幼い達也には、なぜ自分が母親から虐げられるのか、その理由が全く理解できなか
っ
た。
母親に嫌われているなというのは、なんとなくわか
っ
た。
「ママ、肩もんであげようか?」
「やめて、さわらないでち
ょ
うだい。気持ち悪い」
「ママ、おなかがすいたよ」
「あ
っ
ちに行きなさい。砂場で遊んできなさい
っ
て何度言
っ
たらわかるの」
達也は近所に住む晴道くんと遊ぶことにした。
晴道くんの母親は息子を溺愛していて、達也の母親とは対照的に、息子に欲しいものをなんでも買い与えていた。
晴道くんは手作りのハンバー
グやポトフなど、手の込んだ料理ばかり食べていた。
どれもこれも達也が初めて聞く名前ばかりだ
っ
た。
ハンバー
グ
っ
てどんな味がするんだろう?
ポトフ
っ
て何?
ウ
ィ
ンナー
ソー
セー
ジ
っ
て、どんな形なんだろう?
ふだん粗末なものばかり食べている達也は、身を乗り出して晴道くんに色々なことを尋ねた。
「す
っ
ごく、おいしいんだろうね」
「うん。ほ
っ
ぺたが落
っ
こちそうな味してるんだ」
晴道くんは身振り手振りで、ハンバー
グのおいしさを達也に伝え始めた。
達也はとても寂しい気持ちにな
っ
た。
けれども、そういう晴道くんも出会
っ
て2
ヶ
月で東京に引
っ
越してしま
っ
た。
達也は一人ぼ
っ
ちにな
っ
てしま
っ
た。
またその頃、達也の視力はどんどん悪くな
っ
ていた。
そして目に異常を訴えるようにな
っ
ていた。
あとからわか
っ
たことだが、目薬だと偽り、啓介が車のバ
ッ
テリー
溶液を点眼していたというのだ。
達也の視力は左右どちらも0・1以下にまで低下していて、常に視界がぼやけるありさまだ
っ
た。
目薬をさすたびに目から火がでるような痛みに襲われ、でもそれは目の薬だからという理由で点眼が中断されることはなか
っ
た。
尋常じ
ゃ
ない痛みを訴える息子に対し、母親である光代はなんの対応も取らなか
っ
た。
そればかりか達也に対する執拗なネグレクトが続いた。
十分な食事を与えられず、達也はいつも空腹だ
っ
た。
あまりの空腹に耐えきれずに、飼
っ
ていた猫の餌ばかりか、光代の目を盗んでサランラ
ッ
プやアルミ箔まで口に入れていた。
達也は間もなく4才になるというのに、1つ歳が下の子と比べてみても小さく、がりがりにやせ細
っ
ていた。
友達はいなか
っ
た。
歳の近い子供達は気味悪が
っ
て、病的にやせ細
っ
た達也に近寄ろうとはしなか
っ
た。
達也は今日も一人、マンシ
ョ
ンの敷地内にある公園の砂場で遊んでいた。
砂場セ
ッ
トで砂場に山を作り、来る日も来る日も砂場の山をくりぬいては、トンネルを作
っ
ていた。
来月、誕生日が来れば達也は4才になる。
母親は、誕生日になれば三輪車をプレゼントしてくれると言
っ
た。
達也は待ち遠しくて仕方がなか
っ
た。
1週間が過ぎ。
2週間が過ぎ。
そして1
ヶ
月が経ち、達也は誕生日を迎えた。
ふてくされたように光代は古ぼけた中古の三輪車を達也の前に放り投げ、これに乗
っ
てどこへでもお行き、と言
っ
た。
廃棄物処理業者から安く譲
っ
てもら
っ
た三輪車には、知らない人の名前がマジ
ッ
クで書かれていた。
でも達也にはそんなの関係なか
っ
た。
うれしか
っ
た。
初めてのプレゼントだ
っ
た。
達也はこの錆び付いた真
っ
赤な三輪車が一発で気に入
っ
た。
うれしくてうれしくて仕方なか
っ
た。
達也は今日もダ
ッ
シ
ュ
で公園に向か
っ
た。
砂場で遊ぶことは、ほとんどなくなり、一人でこぐ三輪車がマイブー
ムになろうとしていた。
達也は三輪車で坂道を勢いよく下る遊びをおぼえ、坂下りが毎日の日課とな
っ
た。
加速する三輪車は達也の好奇心を刺激した。
路面のすぐ上、かなり低いところを走る三輪車はスピー
ド感にあふれ、どんな乗り物よりも速く走
っ
ている気がした。
坂を下り、坂をのぼり、ノンスト
ッ
プでまた下る。
そんなことを繰り返しているうちに、友達が1人できた。
山内まもるくんとい
っ
て、達也より歳が1つ上の子だ
っ
た。
まだ引
っ
越してきたばかりで、まもるくんにも友達がいなか
っ
た。
順調にいけば達也は、まもるくんと同じ幼稚園に通うことになる。
まもるくんは達也と同じ、一人
っ
子だ
っ
た。
達也は、まもるくんの家に呼ばれたとき、初めてケー
キをごちそうにな
っ
た。
それは真
っ
白い色をしたシ
ョ
ー
トケー
キで、白い生クリー
ムがい
っ
ぱい塗
っ
てあ
っ
て、真ん中には真
っ
赤なイチゴの粒が2つあ
っ
た。
達也は夢見心地で、夢中にな
っ
てそれを食べた。
まもるくんは、いつもこんなにおいしいものを食べているのか?
信じられなくて。
どうしようもなく、うらやましくて。
その日から達也は、何かと理由をつけて、まもるくんの家に遊びに行くようにな
っ