弔辞 (地の文のみ小説)
平成三十一年二月某日
ええ、柴田雄一でございます。正志郎くんの友人といたしまして、謹んで告別の言葉を申し上げたいと思います。ゲフン。
正志郎くん。君とは小学校時代からの腐れ縁で、同じクラスににな
ったのをきっかけに付き合いが長く続きましたね。小学校三年生のころでしたか、学校へ来なくなったおれを無理やり引きずり出して、学校に行かせようとしたな。おれはうんざりしていた、おまえはデリカシーのないやつだったからな。だけど中学校にあがり、いじめられていたおれを、おまえが助けてくれたこと。あれは嬉しかった。ありがとうな。
高校生になると、急におまえは色気づきだして、まったく似合っていないサングラスをかけていたな。おかしかったぞ。まるで湯あたりしたトンボみたいだった。あのサングラスはよせ。まあ、もう死んじまったから、かけることもないだろうが。
まったく不思議な腐れ縁で、大人になって別々の道を歩んでいたおれとおまえが、精神科のデイナイトケアで久しぶりに会うことになろうとは、誰も想像できなかったろう。
なあ正志郎。おれはおまえを、羨んでいたんだ。
デイナイトケアで知り合った女性がいたろ。彼女、おまえのことちょっといいな、なんて言ったものだからおれは嫉妬して、あんなやつはよせ、あいつは女癖がわるいんだなんて言っちまって。本当のこととはいえ、悪かったと思っている。だけどそのあと、結局おまえは彼女と付き合うようになったな。彼女、過食嘔吐をするんでおまえはそれで悩んでいたっけ。おまえも恋愛依存症の治療をがんばっているところだった。問題を抱えている二人だが、互いが互いの支えになっていたのは外から見てもよくわかった。あの女ったらしの正志郎が、たった一人を大事にできたのは、奇跡のようにおれには思えたよ。このふたりはずっと幸せに暮らすんだろうって、おれはそう思っていた。
だから二人のあいだに子供ができたって聞いたときは、おれは本当に嬉しかった。自分のことのように喜んだよ。だっておまえたち悩んでいたものな。こんな二人で子供を生み育てられるんだろうかって。それがどうだ、おまえたちの恭子ちゃん、明るく元気で暮らしているぜ。小学校でも人気者だ。おまえ、よくがんばったな。ちゃんとやれたじゃねえか、子育て。
恭子ちゃんは父親を亡くしても気丈に振る舞っているぞ。本当にいい子だ。この子がまだ幼稚園くらいのころは大変だったそうだな。恭子ちゃんがまだ幼いときに、この子の母親は、うつっぽくなっちまって。それでおまえも恭子ちゃんの世話をしていたね。それから仕事も休みがちになって。おまえの後輩がいつも心配していたな。こんなに休んでいたら、いつか会社がおまえをクビにするかもしれんと。そして実際、おまえはクビになった。自己都合で退社したことにさせられたが、実質クビだった。それでもおまえは家族を支えようと、なんとか次の仕事を見つけてがんばっていたな。恭子ちゃんもきっと、父親の気持ちをよく理解してくれているぞ。
だからだろうな、恭子ちゃんが母親に対して、徐々に苛立ちを見せ始めたのは。おれは恭子ちゃんにとって、ただの知り合いのおじさんでしかなかったが、あの子はときどき母親のことをおれに話した。過食嘔吐、やめられなかったんだな。隠していたみたいだが、恭子ちゃんは気がついていたんだ。母親のせいだ、そのせいで父親はこんなにも苦労をしているんだと恭子ちゃんは思った。それで恭子ちゃんは、小学六年生というまだ若い歳ながら、自分の母親を殺そうと決意したんだな。
おまえが仕事を探しにハローワークに行っているあの日、恭子ちゃんはおれに相談したよ。母親を殺すにはどうしたらいいかなって。そうだな、とおれは答えた。恭子ちゃんは力が弱いけど、おれなら体力もあるからたいがいやれるだろう。だからおれが手をかそうかって。でも恭子ちゃんは、ううん、自分でやるって、そう言ったんだ。どうだこの責任感。立派だと思わないか?
恭子ちゃんが母親を殺せるようおれは、あの子の後頭部を強打することにしたんだ。うちにあるゴルフクラブでな。おまえのいない時間帯は知っていたから、いつものように知り合いのおじさんとして家に入れてもらった。そして過食をしたあと嘔吐をするタイミングで、あの子の背後から、ゴルフクラブを打ち下ろした。恭子ちゃんには、気を失ったあの子を包丁で刺すという役割を与えた。恭子ちゃんは完遂した。死体はおれが隠した……。
正志郎。
おれはおまえを、羨んでいたんだ。
おれはずっと独身で、好きな子もおまえにとられて、おまえは幸せな家庭を築いていた。それをおれは、ぶっ壊したかったんだ。アル中の治療で失敗を繰り返していたおれには、明るい未来なんて想像できなかった……だからおまえを……。
ごめん……。
◇ ◇ ◇
平成三十一年二月九日、午後四時頃、東京都世田谷区✕✕の住宅にて、二名の遺体が発見された。遺体は田丸正志郎さん(四三)とその妻、田丸美子(四〇)と見られる。
世田谷区警察は事件と事故の両面から捜査を始めているという。