利休の器
私が目覚めたのは、十年ばかり前のことだ。主の先生が都の古市で眠
っていた私を見つけてくださった。それまでどうして目が覚めなかったのか、それは一向にわからない、
主はよく私を自慢する。私も鼻が高いことこの上ない。
「どうだい、利休が愛していた茶器だ。質素にして味がある。そう思うだろう?」
「へえ、これが? どのあたりが素晴らしいんで?」
「わからないのも無理はない。みんな、千利休の名前は知っていても具体的に何をどうしたかを詳しく知っている人は、やはり好きなものばかりだから」
「そうですか、で、小林一茶の茶碗はどういいんです?」
「せ・ん・の・り・き・ゅ・う!」
ちょっとおもしろい。
「ええ、で、利休さんの」
「うん……利休は高い道具を使っていたのをよしとせず無駄なものを捨て、茶そのものを楽しむものにした。まあ、そこが一番有名なエピソードだ。この茶碗にも当時の思いが見て取れる」
主は本当は詳しくない。私から教えてあげたいくらいだ。
「そうなんですか。いくらです?」
「え?」
「お値段」
「人の話を聞いていたのか。値段で見るものじゃない。いくらしたかなんて問題じゃない」
「でも、高かったんでしょう?」
「……」
「百? 二百万」
「……七百」
「そんなに! 話が違いますよ」
「いや、歴史的価値とかあるだろう?」
「そもそも本物なんですか?」
先生は箱を見せた。そういえば、私もなかにいるばかりで見たことがない。
「箱書きって作った人の名前じゃないんですか? なんで利休?」
「持ち主が書くことだってよくある!」
「こどもみたいな字ですねぇ。あ、鑑定士に見てもらいましょう! わかりますよ! 絶対、偽物!」
これにはカッときたらしく、なら見てもらおうとなった。有名な鑑定士にお願いし(鑑定料も高かったらしい)、私は遠路はるばるやってきた。私にはまったく不安なところはない。間違いなく、私は利休に愛されていた。
箱が開けられ外の光を浴びた。鑑定士のメガネと白いひげが見える。
「これは――」
一瞬、鑑定士の言葉が止まる。
「これは利休ではありません」
「えっ! そんな!」
まさか。
「はい、これは陶芸教室で焼いた茶碗でしょう。お子さんの作品ですね。時代は昭和から平成にかけてのものです。利休のものではありませんが、見れば見るほど味わいがあります。こどもの手で作った一品です、大事になすってください」
「い、いい仕事は?」
「してません」
私は箱に戻されるとき、再び眠りについた。