第54回 てきすとぽい杯〈紅白小説合戦・白〉
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メリークリスマスの冷蔵庫
投稿時刻 : 2019.12.14 23:57 最終更新 : 2019.12.15 00:02
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更新履歴
- 2019/12/15 00:02:47
- 2019/12/14 23:59:15
- 2019/12/14 23:57:46
メリークリスマスの冷蔵庫
すずはら なずな


クリスマスイヴだというのに 今朝もあいかわらず 味噌汁の香で目が覚める。
まだ眠い。トントンと沢庵を切る音。大根をおろす音。
たいいつから起きて 料理をしているのだろう、昨日も私より遅くまで起きていたはずなのに。

「おはよ。今日は冥加と豆腐の味噌汁だよ。伽耶さんも朝ごはん食べる?」
そう言てキチンカウンターから笑顔を見せるのは お母さん、ではない。同居人の朔だ。
昨日の酒がまだ残ていて 朔の作るまともな日本の朝ごはんなど 悪いけど食する気になれない。
「ごめん、パス」
私がそういうことも想定の範囲内ていう感じで、朔は自分の分の塩鮭一切をコンロの魚焼きに入れる。自動のタイマー付きの魚焼きは、手間いらずの上綺麗に焼きあがる。朔が一緒に住むようになて 最初に感嘆の声を上げたのはこれだた。

それよりも 今日はどうしても朔に言わなければならないことがある。どうやて切り出そうと 迷ていると
「香耶さん、今日ね、」
「日本の正しい朝ごはん」を食べ終えた朔が、きちんと箸を揃えて置くと、顔を上げて先に切り出した。
「手羽元のさぱり煮とふきの煮物、それから長芋の梅あえ なんてどうかな、と思て」
今までメニを相談なんてせず、いわゆる「おふくろの味」的なものばかり勝手に作る子だ。私が外食して来るのが多いからか、このところ「常備菜」作りに凝ている。
「ごめん、今日は外で食べる。だて、クリスマスイヴだよ。朔は予定ないの?」
予定が無いにしてもそのメニは普通、ないだろう、と思うが。
朔は少しきとんとした顔で私の言葉を聞いていたが、満面の笑みを湛えて言う。
「今度はちんと付き合てるんだ」
「今度はちんと、て 嫌味?」
「とんでもない。良かたなて思て」
朔は天使みたいな子だ。嫌味なんて言うはずないこと、解てるんだ。本当は 最近知り合たばかりの相手だた。
「いいよ、料理は好きだからしてるだけだし。置いておくから明日でも食べて」
「うん。有難う。それで…、さ」
「送て来るかも、てこと?」
朔は察しもいい。
「うん。それでね」
「弟ですて挨拶してもいいよ。でもやぱ、居ない方がいいね、今晩はどか行くよ。ネカフとか一人カラオケとか、心配しなくていいよ。それくらい心得てる」
朔との出会いは斜めに降る冷たい雨の日で、私は前の彼氏と別れてやけ酒飲んでの帰り道だた。明らかに年下の、まだ子供ぽさを残した肢体は やけ酒の酔いのせいもあ
何の警戒心も持たせなかた。傘を持たず、うちのマンシンの軒下に佇んでいた彼を 引張りこんだのは私の方だ。泣いては吐き、うめいては吐く私を介抱し、朔は次の朝 梅の入たおかゆを作てくれた。そしてそのまま 今に至る。
独りになた寂しさに 子猫を拾てきてしまうように、私は朔を拾て 朔に癒された。
子猫と違たのは 朔が料理を作る子だたということだ。それも 素朴な家庭料理ばかりを。

男が予約したレストランはお洒落なフレンチだたけれど、会話は思ていた以上につまらなくて、仕事の自慢話が大半だた。その上 近くの席のお年寄り夫婦の食べ方がマナーを知らないと鼻で笑たり、サービスの仕方がなてない店では店長を呼びつけたことがあるなんて言い出すし、もう食べ物の味なんて美味しいのかどうかも解らないくらい 早く帰りたくなていた。きと朔の作る料理の方がおいしい。

レストランは無理やり割り勘にした。送るといて一緒に乗り込もうとする男を阻止して 一人でタクシーに乗た。もう絶対会わない。連絡もしない。自分の見る目の無さに腹が立て泣けて来た。


ドアを開けてもどうせ真暗だと思ていたら、小さなキンドルの形のランプが点いていた。窓の外に隣の建物のイルミネーンが映ている。

電気をつけてキチンで水を飲む。そうそう、今日の朔のメニはあれだたよな、と思い出す。何故 あんなに家庭料理に拘るんだろう。レシピも見ず、適当だよ、と言いながら。
朔は私の何だろう。私は朔の何だろう。どうして朔は、と次々に思ううち、ここに朔がいないことが寂しくて寂しくてたまらなくなた。私は勝手でいい加減で嫌な女だ。

冷蔵庫を開けると目に鮮やかなクリスマスカラーが飛び込んで来た。
「さすが 朔」
清々しい緑のふき、真白な長芋は拍子木切りに。赤い梅の色も鮮やかに添えて。
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