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第10回 文藝マガジン文戯杯「気づいて、先輩!」
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キヅイテ、センパイ!
 投稿時刻 : 2020.02.16 23:18
 字数 : 4945
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キヅイテ、センパイ!
ひやとい


 田中智恵はその日、娘の咲花を見るために近所の運動公園に足を運んでいた。
 咲花は中学1年生。地域で活動する女子野球クラブのジニアチームに所属し、日々練習を積んでいる。レギラーではないのでポジシンは決まていないが、彼女の大好きな福岡ソフトバンクホークスのサード、松田宣浩のような選手になりたいという夢があり、ゆくゆくはサードを守り、いつの日かホームランを打て、彼の異名である熱男にあやかて熱子と呼ばれたいと思ている。
 外気はまだ肌寒く、アプにもひと苦労する季節だというのに、咲花はウンドウマースーツに身を包みながらも、仲間と一緒に元気よくアプをしていた。黒のベンチコートを羽織ていた智恵は、若いてやぱりいいなと思いつつ、低い気温に少し身を震わせ、かつての自分を思い出す。
 母親になるだいぶ前、智恵もテレビで見るプロ野球の選手にあこがれ、プレイヤーを志していた。
 当時は昭和最後の三冠王である落合博満に倣い、強打者になるべく素振りを欠かさない日々を送ていた。しかし智恵の時代の女子野球は幾度もの過去の挫折からまだまだ立ち直ておらず、落合が三度目の三冠王を獲得した数年後に、ようやく全国組織が立ち上がた程度のものだた。
 そんな状況なので、当然智恵の周りに女子野球のチームなどあるわけもなく、地域の少年野球団に入て男子と一緒に練習を積むしかなかた。智恵は一所懸命努力をしたが、年数が経つにつれ男子との差は大きくなり、小学校を卒業する頃には、団の中に居場所がなくなていくのを実感した。マネーとして残ることもできなかた。
 結局卒業と同時に団を辞めるも、進学先の中学校にも女子野球の部活などはなかたので、結局智恵は野球を断念し、普通の野球フンの女子として日々を過ごすこととなた。他のスポーツをしようとは思わなかた。
 そんな時代に比べ、今は赤字累積のため縮小したとはいえ女子プロ野球リーグも11年目を迎え存続し、埼玉西武ライオンズレデスなどのクラブチームも盛んで、咲花の野球人生としての未来は明るい。
 いい時代になたものだと、智恵は我が子の練習を見ながらしみじみと思た。
 アプが終わると、まずは選手同士のキチボールから練習が始また。咲花はチームの先輩で、仲のいい森下かえでと組んで球を投げ始めた。
 中学2年生のかえでは、田中家にもよく遊びに来ていて、どちらかというとおとなしめな咲花に比して明るいことの多い彼女を、智恵は気に入ていた。
 お互いの家が近いこともあり、二人の日常は、かえでが咲花をリードし、日々練習に励むという生活を送ている。  
 智恵の目に映る2人は、普段どおりの元気な姿で、キチボールを順調にこなしている。今日も怪我をしなければいいなと思た。
 練習はキチボール、バント練習、シートノクと続き、そしてバング練習と進んだ。
「森下入れ」
 コーチも兼ねている監督の指示に従い、かえでがバタークスに立つ。レギラーをすでに掴み取ているかえでは、このチームでは中距離打者としての役目を果たしていた。ピチングマシンがないので、自らバングピとしてマウンドに立つ監督を見据え、かえではミートを重視するため、バトを短く持て打席に立た。咲花は他の仲間とトスバングをしつつ、かえでの練習を少しでも見ようと、合間合間に休みを取り、かえでを見守る。
「行くぞ」
 監督の声とともに、バング練習が開始された。
 自宅での素振りを欠かさないかえでの打球は鋭く、快音とともに、左中間へ鋭い当たりが次々と飛んでいく。腰から先に動き、軸足と頭までの線がブレずに捻転とともに身体が回転する彼女のフムは、咲花が見ていて感心するほどだた。コンパクトなスイングはお手本とも言えた。
――いつもどおりだ、さすが、かえで先輩
 咲花は目に焼き付けようと、しばし集中してかえでのフムを見つめ、終わるとそれをトスバングに活かそうと努めた。
「いいぞ、じ交代だ」
 かえでは自分の番が終わるとボクスから外れ、咲花のもとへ行きトスバングを始めた。
「どうだた?」
 かえではトス練習をしている咲花に訊いた。
「うん、いつもどおりの回転軸のしかりしたバングだたよ」
「ありがとう、パワーがもとつけば、今より飛ばせるんだけどなあ」
 かえでは普段からシアなバングを心がけているが、それは自身がまだまだ細身であり、そして非力であることをわかていたからだた。他のレギラーには体格を活かし外野方向に大きく飛ばす選手もいた。かえではそんな選手をうらやんだが、それと同時にパワーを付けるべく、負けたくないとの気持ちで日々筋トレを行ている。今はまだ発展途上だ、きと遠くに打球を飛ばしてやる。そんな思いを抱いていた。
「かえで先輩なら、きと出来ますよ」
 咲花はお世辞抜きに言た。
「ありがとう咲花」
 そう言うと、かえではトスバグに参加し、メニをこなしはじめた。


「来週の日曜日な、河川敷使えることになたから、紅白戦形式の練習やるぞ」
 練習が終わると監督から知らせがあた。今使ている運動公園のグラウンドではスペース的に試合をするまでのことが出来ない。自然、チームの皆は待ち望んでいた待望の紅白戦に色めき立た。
 活躍すれば控えの選手にはレギラーを掴むチンスもあるが、それよりもとにかく野球ができるという喜びが、咲花には勝た。
「やと試合ができるね」
「うん、とにかく野球がしたいです」
「私打つから、咲花もチンスを掴んでね」
「今からもう待ちきれないですよ」
 二人はそれぞれ日曜日に思いを馳せ、帰宅準備をし、智恵と三人で帰宅の途へ着いた。



 そして待望の日がやてきた。
 くじ引きでかえでは紅組、咲花は白組と分かれた。
「先輩と対決かあ、気が重いです」
「そんなこと言てたらレギラー獲れないよ。お互いしかり野球しようね」
「しうがないなあ、はい先輩。じお互い頑張りましう」
 咲花は敬礼のポースでおどけて応えた。
 会話の後、いよいよ紅白戦が開始された。
 咲花はライトで8番、かえではシトで6番と決また。
 かえでは守備も堅実で、基本通りの守備がある程度出来ていた。咲花はかえでに比べると力は及ばなかたが、バング次第ではレギラーも望めるくらいの力はつけていた。
 自宅練習時には智恵がいろいろとアドバイスをしてくれるのだが、打撃で活躍するまでにはまだまだ身体が出来ていなかた。今は力をつけている段階だた。だが、そのアドバイスのおかげで、フムにおける軸足や回転軸の重要性など、打撃の基本的なことが咲花には叩き込まれていた。だからどの選手のバングの調子がいいか、咲花にはよくわかるようになていた。
 一回表、紅組からの攻撃。白組が難なくツーアウトを取り、3番も平凡な二塁ゴロに倒れ三者凡退かに思われたが、イレギラーでセカンドがエラー、ランナーは一塁へ。続く4番は四球を選び、そして5番はボテボテの当たりがラキーにもサードのかなり前で止まり内野安打。白組は一転ピンチに追い込まれた。
 そしてかえでの出番が来た。
――必ず返してやる!
 かえでは打ち気満々を隠そうともせずボクスに立た。他方ピはポーカーイス、いかにも対象的だた。
 1球目は外角高めに速球が外れボール。2球目が内角低めにストレートのストライク。3球目も直球の同じコースをフウル。カウントは1ボール2ストライクとなた。
――さあ来い!
 かえではピのボールが手から放たれた瞬間、動く体勢になた。

――

 なんとピの放た球はチンジアプ。あまりの遅さに、速球に慣れていたかえではとさの対応が遅れた。スエーになたかえでの上半身は崩れ、バトに当てるも芯を捉えきれずピゴロになた。ポーカーイスを崩さないピがそれを危なげなく捕り一塁へ。一回表の攻撃が終わた。かえでの憮然とした表情を見て、咲花は敵の立場とはいえ心配になていた。
 それをきかけにかえでは精細を欠き、続く2打席、3打席ともあえなく内野フライで凡退。一方咲花はバントを決めたり、四球を選んだりとそれなりに活躍が出来た。
 そして試合は、6回裏までに1対2と、白組が先行する流れになた。
――先輩……
 咲花には、かえでのフムの崩れがありありと見えていた。チンジアプでの対応が身体に残り、上半身は前に動いてしまて回転軸はすかりブレ、せかくの腰からの動きも活かされていなかた。
 しかし敵同士という建前、咲花にはかえでの狂いを教えることが出来ない。
――このまま悪い流れを引きずたらどうしよう……
 そして7回表。ワンアウト、ランナー二、三塁の場面で再びかえでに打順が回た。しかしかえでのフムは戻ていないように、咲花には見えた。
――ああ、はやく気づいて、先輩!
 このまま行けば最後のボクスに立つかえで。しかしどことなく迷いのある様子と、咲花には見えた。仲良しであるかえでがこのまま凡退に倒れるのは、咲花としては耐えられなかた。しかし咲花に出来ることは、調子が戻るよう、ただ祈るだけだた。
「ストライク!」
 1球目、2球目と立て続けにストライクが入り、3球目は定跡どおりのボール外し。しかしかえでは早くも追い込まれた。
――ああ……
 咲花はもう、気が気ではなかた。
「タイム!」
 と、そこへ紅組のベンチからタイムがかかた。そしてかえではベンチに走ていき、チームメイトと話している。
――もしかして……
 話し終え、ボクスにもどるかえで。咲花はフムの直りを期待した。
 4球目、5球目はタイムの合間に肩が冷えたのか連続してボール。そして6球目が放たれた。
 その時。
 である。
 快音が響いた。
 かえでの打球はライト方向へ飛んだ。
 だが軌道はラインを超えフウル。惜しい当たりだた。
 咲花は打球を自分が処理することがなくてホとしたと同時に、確信を得た。
 かえでのフムは戻ていたのだ。
 ベンチに向かた時、奥の方に引込んで話をしていたため、誰がアドバイスしたかわからなかたが、とにかく誰かのアドバイスで調子が戻たことに間違いはないようだた。
――よし、私も!
 咲花はかえでを改めて見、気を引き締めた。
 7球目、8球目と粘り。
 そして9球目。
――そろそろ来る!
 かえでの確信どおりだた。
 チンジアプ。
 かえでは呼吸を瞬時に整え、タイミングを合わせてバトを振た。
 快音とともに軌道は左方向へ大きく飛び、レフトの頭上を超え走者一掃の二塁打となた。
 結局これが決勝点になり、試合は3対2で紅組の勝ちとなた。
 試合後のミーングの後、咲花はかえでのもとに駆け寄た。
「かえで先輩、一時はどうなるかと思いましたあ」
「やぱ咲花にもバレてたか。実はね、タイム取た時、ベンチで昨花のお母さんに教えてもらたんだ」
「えー! 私の敵チームの選手なのに
 咲花がおどけて言うが、本音は智恵と一緒だた。やはり普段から仲のいい二人を思うと、いても立てもいられないのは、智恵も同じだたのだ。
 昭和最後の三冠王を手本に練習を積んできた智恵だから、そんなアドバイスなど造作もないことだた。
「まーいいじん。お母さんにありがとうて言ておかなくち
「そういえばママどこ行たんだろ」
「夕飯の支度があるから先に帰るてさ」
「娘が頑張てるのにー、帰たら文句言おう」
「いいじん、おかげでおいしいごはんが食べられるんだからさ」
「まーそうすね」
 二人はそう言うと笑いあた。
 そして咲花が言た。
「今日は負けたけど、私も活躍もできたし、野球出来てよかたなあ」
「これからもお互い、頑張ろうね!」
「はい、かえで先輩もどんどん打てくださいね!」
「うんわかた!」
「どんどんヒトの山を! 築いて、先輩!」 



※ 少年野球の練習メニ7選と具体的な練習方法とは?【守備編】
  https://activel.jp/articles/Gsi8F
  それとウキペを参考にさせていただきました。落合博満と前田智徳ばんざい。
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