てきすとぽい
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第57回 てきすとぽい杯
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孤独な旅人
(
犬子蓮木
)
投稿時刻 : 2020.06.13 23:21
字数 : 1658
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孤独な旅人
犬子蓮木
ず
っ
と昔の小説(テキストデー
タ)を読んでいる。
僕の家は川辺にぽつんとあ
っ
て、窓からいつも川が見える。だから僕は、汚れた椅子に座
っ
て、窓の向こうの川を見ながら頭の中の電子デー
タを再生して本を読んでいる。
少年が、夏休みに、はじめてひとりでバスというものに乗
っ
て、ささやかな旅に出るお話だ
っ
た。
バスというのは遠くへ連れ
っ
て行
っ
てくれる大きな箱のようなものらしい。もう今の世界には走
っ
ていないだろう。人間はほとんどいなくな
っ
てしま
っ
たし、ロボ
ッ
トは自らの車輪で走
っ
た方がはやい。
本を読み進めていく。
少年が乗
っ
たバスには、すでに大勢の人が乗
っ
ていた。
働きに行く人、学校へ部活動へ行く人、遊びに行く人。
少年はそんな大勢の人の間を縫
っ
て奥へ進み、椅子は空いてなか
っ
たので棒に捕ま
っ
て立
っ
て窓の外を眺めていた。がたごとと揺れる。景色が流れる。山道をカー
ブすると壁が奇妙にうね
っ
て見える。
川沿いの道。
きらきら川が輝いて見えた。
らしい。
僕が家から見る川とそれは同じだろうか。
僕が見る川は残念ながら輝いてはいない。とても汚れてしま
っ
て、昔、人間がいた頃みたいにきれいではないはずだ。僕はそのきれいな頃の川も記録された映像も見たことはないけれど、残されたテキストデー
タから推測するとそうな
っ
ているはずだ。
どうして人間は世界をこんなに壊してしま
っ
てからこの星を去
っ
たのだろう。
どうして人間はテキストデー
タしか残さなか
っ
たのだろう。
昔は映像というものがあ
っ
た。
らしい。
今は世界が壊れた以後に新しく僕らが記録したものしか存在しない。それはいずれ壊れて土に埋もれた僕らを誰かが発掘して解析しない限り見られることのないプライベー
トなものだ。ただ、僕らが動くために必要だから記録されている副産物に過ぎない。
人間がなにを思
っ
て僕らにこのような世界を残したのかはわからないけれど、残された僕らは残されたものを読み思いを馳せるしかない。
少年がバスのアナウンスに耳をすませてドキドキしている。降りる場所を間違わないようにひとつ前の場所から注意している。バスが止ま
っ
て、人が降りたり乗
っ
たりして、そうして少年が降りる停留所のアナウンスが流れる。
少年がボタンに手を伸ばそうとしたところで、ブザー
が響く。別の誰かがボタンを押したのだ。
が
っ
かりする少年。
それでも降りるためにお金の準備をしなければいけない。
お財布を出して、前の方に進んでいく。
バスが止まる。
小銭を箱に入れる。
ベルトコンベアみたいなものに運ばれていく。
少年がバスのステ
ッ
プから地面に飛び降りた。
今まで揺れていたバスから降りたので、バランスを崩して転びそうにな
っ
てしまう。
他の人の邪魔にならないようにと横に避けたけど、他に降りる人はいなか
っ
た。バスの扉が音をたてながら閉ま
っ
て、バスがブロロロと出発する。
たくさんの人が、運ばれていく。
少年は、ここにひとりだけ。
今まであんなにたくさんの人がいたのに、急に静かにな
っ
た。少年がリ
ュ
ッ
クの肩紐をぎ
ゅ
っ
と握る。心細くな
っ
たのだ。なんどか来たことがある。そのときは両親と一緒だ
っ
た。ここからの道もわかる。祖父母の家までそんなに遠くはない。
なんだけど。
バスはもう最後の目的地まで一緒に行
っ
てはくれない。
僕は、ひとりで、最後の目的まで行かなくてはならない。
窓の外を見る。
もう夕方だ。
川が、夕日で赤くな
っ
ている。
川は、相変わらず流れている。
人間に命令されたわけではないから、川は人間がいなくな
っ
ても流れ続ける。
頭の中の本を閉じた。
僕は椅子から立ち上がる。狭いスペー
スを横にずれて、たくさん並んだ椅子の通路を出口の方へ進んでいく。折りたたみの扉を開けて、段々を降りて、外に出た。
河原は、草が茂
っ
ている。
僕の済んでいる家も、草に包まれている。すごい汚れていて、たくさんある窓もひび割れてたりする。
僕は家の一番大きな窓を見た。
その上には文字が書いてある。前の方は壊れていてよく見えない。
『==行き』
僕は、目的地にたどり着けるのだろうか。
それがどこなのかもわからないけれど。 <了>
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