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第12回 文藝マガジン文戯杯「スポーツマン」
〔 作品1 〕
遺る罪は在らじと
(
住谷 ねこ
)
投稿時刻 : 2020.08.10 21:46
最終更新 : 2020.08.13 11:45
字数 : 10716
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2020/08/13 11:39:00
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2020/08/10 21:47:48
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2020/08/10 21:46:56
のこるつみはあらじと
住谷 ねこ
ぶわ
っ
じ
ゅ
ー
っ
と音がして
ア
ッ
と思
っ
た時にはガス台はお湯浸しに
火は、盛大に吹きこぼれたそうめんのゆで汁で消えた。
あー
あ。あー
と思
っ
ても
菜箸を持
っ
たまま目はテレビにくぎ付けだ。
画面に映るその神社は言われなければそれとわからないくらい
焼け落ちて水をかぶり、焼けた柱は黒く光
っ
ている。
燃えたのは繁華街の中にあ
っ
て、あまり治安のよくない地域なので
酔
っ
払いや、やくざやホー
ムレスやらも多く、火の気のない神殿が
火元という事もあり、放火の疑いもあるというニ
ュ
ー
スだ
っ
た。
まだ少し茹で足りないままのそうめんをざるにあげ水にさらしながら
うわの空で薬味を出し、めんつゆを出し、買
っ
てきただけの天ぷらを
温めもせずパ
ッ
クのままテー
ブルに置いた。
大学生にな
っ
た息子がそれを不思議そうに眺めながらも
特に文句を言うでもなく「いただきます」と言
っ
て箸を取
っ
た。
「かあさん、食べないの?」
「ねー
?」
「食べないの? 天ぷらもら
っ
ていい?」
それにも答えず、もう次のニ
ュ
ー
スにな
っ
ている画面を見つめたまま息子に聞く。
「あんた、今のニ
ュ
ー
スみた? あの神社知
っ
てる?」
「あの神社
っ
て?」
「ほら、○○町の○○神社」
「あー
、昨日の。燃えち
ゃ
っ
たんでし
ょ
?」
「昨日? 昨日のニ
ュ
ー
スなの?」
「うん、それはニ
ュ
ー
スチ
ャ
ンネルだから繰り返してるんだよ
燃えたのは昨日の朝方だよ。続報なら民放見れば?」
「ち
ょ
っ
と知
っ
てるから、驚いち
ゃ
っ
て
……
」
「みんな知
っ
てるでし
ょ
、有名な神社だし」
食べ盛りの男の子にはそうめんだけでは足りないのか
冷蔵庫を開けてプリンを見つけ出し、食べ始める。
三個パ
ッ
クのプリンを全部食べるつもりらしく目の前に並べて
丁寧に上ぶたを剥がし、一つ食べてはスプー
ンも取り換える。
ひとりで食べるんだからそのまま同じスプー
ンで食べればいいのに。
あの日も、同じことを思
っ
た。
暑い日で窓を開けても風もなくて、セミがうるさくて。
じ
っ
としてるだけで汗が垂れてくるような蒸した部屋で
次々とプリンを食べていた茜ち
ゃ
ん。
もう二十年、それ以上も前の話だ。
茜ち
ゃ
んは高校の同級生であまり人気のないバレー
ボー
ル部に入
っ
ていた。
髪が、ものすごく短くて、常にジ
ャ
ー
ジを着ていた。
いつもニコニコして気さくな感じではあ
っ
たけど
バレー
ボー
ルの話しかしないのでクラスでは特に仲良くしていた子は
いなか
っ
たと思う。
二年、三年と同じクラスだ
っ
たのに口を利いたのは
卒業もまじかにな
っ
た頃だ。
受験期に入
っ
てもう、あまり登校しなくてもよくな
っ
た頃
職員室に用があ
っ
て、ついでに誰か来てるかと教室に顔を出したが
誰も来ていなくて、なんだつまらないと思いながら
しばらく席に座
っ
て本を読んでいると茜ち
ゃ
んが入
っ
てきた。
「あれ? おぐち
ゃ
んどうしたの?」
「そ
っ
ちこそ。なにジ
ャ
ー
ジ?」
「うん。バレー
の練習してた」
「ええ?まだ部活してたの?」
「そうだよ。私、バレー
しかやることないもん」
そうい
っ
てニコニコと隣に座
っ
てくる。
話はない。
これまでほとんど話したことないし
バレー
一筋のような彼女と帰宅部よろしく授業が終わると
すぐに学校を出てあちこち雑貨屋を覗いたりアイスだ、クレー
プだと
食べ歩き、ミー
ハー
だ
っ
た私に共通点などあるわけなか
っ
た。
息苦しくな
っ
て「そろそろ
……
」と言いかけると
かぶせるように「今度、うちに遊びにこない?」と言う。
「え? 家?」
「家
っ
ていうか、六月に行事ごとがあるから来ないかなと思
っ
て」
「家の行事に私が行くの?」
「うん、大祓の儀があるから、身も心も清浄になるよ」
くすくす笑うと彼女もくすくす笑
っ
て
「うちね、○○の○○神社なの」 と言
っ
た。
その後、少し親しくな
っ
たような気にな
っ
て卒業までの一、二か月は
顔を見ればにこにこし、挨拶をするようにな
っ
ていた。
一度、バレー
の練習も見に行
っ
てみたが
バレー
部はもう、廃部だ、という噂は本当だと誰もが納得してしまう有様だ
っ
た。
部員が、全員出ているのかは、わからないが人数が少なくて
試合形式の練習はできておらず、何人かは手持無沙汰に
立
っ
ているだけで茜ち
ゃ
んの掛け声ばかりが響いていた。
少しかすれていて舌たらずの茜ち
ゃ
んの声。
三年生は当たり前だけど茜ち
ゃ
んひとりだ
っ
た。
卒業式の時に、じ
ゃ
あ六月においでね。
きたら社務所に来てくれたらいいから。
そうい
っ
て手を振
っ
た。
そのまま連絡もしていないし、六月も行かなか
っ
た。
もちろん向こうからの連絡もなか
っ
た。
数年後の同窓会に出席したとき、来なか
っ
た人の近況を
担任がわかる範囲で報告した。 もう結婚して、いま子育てで忙しいので
今回は出てこれないとか、留学しているとか、短大卒で就職したとか
報告されたその中に茜ち
ゃ
んもいた。
茜ち
ゃ
んは、知らなか
っ
たがバレー
ボー
ルの推薦で就職したのだ
っ
た。
潰れかけたバレー
部でしかなか
っ
た高校から推薦なんて
どういう方法かわからないけどそんなにバレー
選手として優秀だ
っ
たのかと驚いた。
そこのバレー
部に入り、リベロとして活躍していると言
っ
た。
潰れそうだ
っ
た学校のバレー
部は茜ち
ゃ
んの出世のおかげで廃部を免れ
今はそこそこ強くな
っ
たのだと誇らしげに話した。
へー
。
そういえばいつも体育着で歩いてたもんね。
バレー
の話しかしてなか
っ
たよね。
身長低か
っ
たもんね。
へー
。
うちの学校
っ
てバレー
強か
っ
たの?
へー
。
ひとしきり茜ち
ゃ
んの記憶を掘り起こし
みんな何気に驚き、感心して見せ、そしてすぐに興味を失
っ
た。
「あの神社ねえ、おかあさんの友達の家なのよ」
「えー
? 神社に住んでんの? ホー
ムレスかよ」
「冗談じ
ゃ
なくて、そこの宮司さんの娘さんだ
っ
たの。友達」
「ふー
ん。それでぼんやりしてんのか」
「してないわよ」
「してるよ。天ぷらをパ
ッ
クのまま出すなんて珍しいよ」
「そうだ
っ
け」
「連絡しないの? 火事見舞いとか」
「もうず
っ
と昔のことだし、そんなに親しくもなか
っ
たし」
「ふー
ん」
そうだよ。親しくなか
っ
た。
教室で誘われてから卒業まで挨拶と遠くから手を振るくらいしかしていない。
親しくもないのに、お祭りも行かなか
っ
たのに
なのに二十年前のあの日、連絡したのはどうしてか。
それは
……
思い出したくないけど分か
っ
てる。
親しくないからこそ茜ち
ゃ