第58回 てきすとぽい杯〈夏の特別編・前編〉
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投稿時刻 : 2020.08.08 22:39 最終更新 : 2020.08.14 12:38
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泣き女
すずはら なずな


祖母の葬式に来た婆さんは 棺に近づくと祖母の名前を呼びながら膝をつき、おんおん泣いた。

親類もすでにいない過疎の島のとんでもないへき地の一軒家でひそりと祖母は暮らしていた。転んで倒れたところを 幸いにも通りかかた郵便配達員が見つけたとかで、遠く離れて住む僕の母に連絡があたのだ。
独りでは置いておけないのでやむなく呼び寄せることにし、うちの近くの病院や介護施設に入れたものの、慣れない都会では心身ともにどんどん弱り、あけなく亡くなたのだた。

婆さんは周囲の好奇の目をものともせず、悲壮な声をあげ、ぼろぼろと涙を流し続ける。
そんな風に泣く見知らぬ人がそこに居ることで、逆に冷静になる自分が居た。僅かばかりの会葬者も戸惑いの色は隠せない。
妹が僕の袖を引て、「退くよね むしろ」と囁いた。
そんな言い方は不謹慎だとも思たが 隠そうとした気持ちを言い当てられて 居心地が悪い。疎遠に暮らしていた祖母の死を泣くとか悲しむとかいうのも何か違う気がして 僕はずと自分の気持ちを持て余していた。

まだ幼い頃、僕の父は単身赴任先の事故で死んだ。
父方の祖母のため、母の再婚をきかけに疎遠になたわけで、再婚相手との間に生まれた妹がこの祖母を知らないのも仕方ない。
父の突然の死、母の再婚、妹の誕生、引越し、転校。短い期間に多くのことが起きすぎ、僕は感情を表に出さないこどもになていた。あまりに無表情な小学生に友達も付き合い方が解らず距離を置く。先生たちもそんな僕の扱いに困惑を隠さなかたし、担任からの色々なアプローチは僕には迷惑なだけだた。 
引きこもりがちな僕の様子を知た祖母が母に声を掛け、気分転換になるかもしれないという理由で ある夏休み僕はひとり、祖母のもとで暮らした。短期間のつもりで訪ねた母に、僕はそのまま残ると言い張た。

「一緒に暮らしたことあるんだて?好きだた?ねえ、何か いい思い出話とかしてよ」
妹が聞き、小さな声で付け足して言う。
「泣けるかもしれないじん。あそこまでは無理だとしてもさ」


妹に言われて今さら気づいたのは あの頃をあまり思い出したことが無いということ。忘れていたかたからかもしれない。残ると言た時、母の様子に紛れもない安堵の色を感じたのを思い出す。そう、自分は家でも異質で邪魔な存在だと思い込んでいたのだ。おそらく祖母と暮らした時間も頑なで無感動な表情を崩さなかたのに違いない。

斎場の外の、皆と離れたベンチでぼんやりしているとさきの婆さんが近づいてきた。
「お孫さんね。すぐに解た」
イントネーンにきつい訛りのある言葉は祖母を思い出させる。
──こちはあんたを知らないけど。
そう思いつつも軽く頭を下げた。

「あなたのお祖母さんの幼馴染でね、手紙を貰てた。こちの病院にいるてね」
──そして もう長くないて。
婆さんは 続けて小さくつぶやいた。

「幼馴染」だと あんな風に泣けるのか。
不思議だた。黙たままでいると 婆さんは何かを思い出すように一瞬目を瞑り、僕の手を取て言た。
「『泣き女』は仕事。泣くのは、お金もうけのため。他人の不幸もで金もうけのたねにする」
婆さんがいきなり本でも読むような調子で言う。何が言いたいのかよく解らなかた。
「イソプの童話。その中でもそんな風に言われる。うちの家族も陰で言われていたよ。あなたのお祖母ちんだけが仲良くしてくれた。優しくしてくれた...... 好きだた」

**
ああ、そうだ。一度祖母の島の人の葬儀を見た。馴染みのない田舎の村の風習は異様で、大げさに泣き騒ぐ「泣き女」の様子が恐ろしかた。同時に父の葬儀で涙を見せない自分を見る周囲の目を思い出したのだ。あんな風に泣いたら「いい子」になれたのか、亡くなた人は報われるのか。あの時どうして自分は泣けなかたのか。

いつの間にか祖母が後ろに立ていた。小さな僕の手を包み込む祖母の手は温かかた。
「あんな風に泣かないと 死んだ人は寂しい?」
前を見つめたままそう聞くと、 
「『泣き女』ね、島ではお弔いのための大事な仕事」
と祖母は答え、包んだ手をやわらかく握た。

「悲しいと……悲しいと、泣き叫ぶ人がいないといけない?」
祖母は静かに首を横に振り、
「皆が『泣き女』みたいに泣かなくてもいいの。大丈夫、心配しないで。あんたはそのままで『いい子』だよ」

**

その時僕が何を思い出していたのか すかり解ているように婆さんは言た。
「あなたがお祖母ちんと一緒に見た『泣き女』。あれが私の母親。村の人以外にあの姿を見られるの、流石に怖かた」
怖かた?……仕事で大げさに泣くことも 泣かないこどもも 同じように周囲の目は怖いわけだ。
「あなたがさき大層に泣いてたのは……仕事?」

嫌な言い方をした、と自己嫌悪に陥りそうな僕の目を見つめ 婆さんはふわと笑う。
「私は『仕事』をしたことはないよ。『泣き女』の風習も母の代で終わり」
「残念?」
「どうだろう」
婆さんは 小さく肩をすくめて見せる。

「大丈夫。泣いても泣かなくても。あんたはそのままでちんといい子だよ」
祖母と同じ台詞を言て 婆さんは僕の背中をポンと叩いた。
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