海の底の方程式 ~ a forced experiment ~
「さてどうしようか」リー
ダーであるCがミーティングルームに戻ってきたAとBに話す。「なにかいいアイデアは浮かんだかな?」
うなずくものはいない。AもBもうつむいて口をつぐんでいる。
「そうだよな。俺もろくなものはない……」Cが力なく笑った。
「少しはあるということですか?」Bが顔をあげて言った。
Cが二人の顔を見る。
「冬眠……」
Aが顔をあげて話す。
「低体温症か。体温を下げて維持すれば酸素の消費量を抑えることができる」
「どのぐらいかはむずかしい。それにその状態になれば身動きは取れず、あとは数日後に無事助けてもらうことを祈ることしかできない。いや祈ることもできないかな」
「賭けですね」Bがつぶやいた。
「あの、そのまえにひとつ確認だけど」Aが言う。「この状況が絶対におかしい。この施設は軍事機密を扱っているため海上に施設はなくエレベータで行き来などもできない。それがあればそちらへあがるだけでいいからな。ここは潜水艦で出入りするように作られている。つまり嵐なんて大した問題じゃないんだ。海中二千メートルまで沈んでしまえば海の上がどれだけ荒れていようと関係ない。現にこの施設もまったく平常だ、酸素以外は。生命維持に必要な装置が壊れ、交換部品がない。脱出用の小型潜水艇はなぜかオートで流されている。普段、物資を運んでいるような潜水艦はなぜか助けに出せず、海上に出るのは2つの潜水服だけ。軍は酸素を作る方法を考えてもくれず丸投げで、そして嵐と来たもんだ。最初は嵐が嘘かと思ったがデータを調べる限りそれはなかった。つまり嵐を待ってから計画をはじめたんだ」
「なにが言いたい?」
「軍は俺たちを殺そうとしている。そしてその協力者がこの中にいる、装置を壊したやつがな。なにか軍にとってまずいことを知ってしまったのか? まるで心当たりはないが。正直に話してくれ。それで取引しよう」
「そんなものはないな。もちろん協力者とやらでもない」
「真面目に研究していただけ」
Aが舌打ち。背後から銃のような工具を出し、Cに向けた。
「じゃあ仕方ないな。俺は生きたいんだ。さっき作った即席の銃だ。弾は釘。ふたりが死んでくれれば酸素は6日間。まあなんとかなるさ」
Bがポケットからなにかを取り出した。小型のスプレー。AとCの顔に吹き付けるとAとCは倒れた。
Bが少し離れて息を吐く。背を向けて壁際の棚に向かい中からロープを取り出そうとする。そのとき、背後からAがBの頭を椅子で殴りつけた。
「なんで……」
倒れたBをCがロープでしばりあげる。Aが言った。
「さっきのあれは演技だ。この中に軍の協力者がいるとわかった。その協力者が嫌がることはなにか? 皆が狂った殺し合いだ。巻き込まれたら理性も作戦もないからな。そして催眠ガスについてもわかっていた。酸素を作るための過塩素酸カリウムや過塩素酸リチウムがないかを探しに言ったときにおかしなものが届けられていたことに気付いた。そして注文したのはお前だったわけだ。だからCさんと協力して、一芝居うったわけ。手加減はしたぞ」
「酸素供給装置の交換部品も持っているね。出してもらえるかな。あとは潜水艇のリモコンもあるだろう?」CがさきほどAが持っていた釘の銃をBに向ける。
「ジャケットの左ポケット」
Cが言われたところを探る。中から小さな箱とリモコンを取り出した。
「いったいなんでこんなことをしたのかあとでゆっくり聞いてやる」
「そうだね、あとでゆっくりふたりで話すといい」
Cが釘の銃でAのお腹を撃った。3発続ける。
「なっ……?」Aが膝から崩れ落ちる。
「お前か」Bが言った。「機密を売っていたのは」
「そうだ。でもまさかこんなことになるとはね。君が脱出用に隠していた潜水艇で、追手が来る前に亡命させてもらうよ。これまでの情報を持って」
Cが通信機器を破壊してから、呼び寄せた潜水艇で研究所を離れた。
「やられたな……」
Aがお腹を止血して包帯を巻き付ける。
「ミッションは達成した」
建物がゆれる。外から爆音が響いた。
「潜水艇には時限爆弾をしかけていた。もしものときのためにな」
「こわいこわい」
「私は研究者であるまえに軍人だ。軍の情報を売るような人間を許すわけにはいかない」
AがBのロープをほどいた。
「いいのか?」
「もう争う必要はない。それに助けを呼んでもらわらないとな、軍人様に。問題が解決した今、潜水艦で助けに来てもらえるだろ」
「通信さえできればな」
人が減ったことで猶予が1日伸びた。しかし、通信手段がない。酸素供給装置も壊れたままだ。交換部品はCと一緒に海に消えた。
AとBはなにか手段がないか考える。
「お前の専門は?」
「ソナー。しかしこちらで受信してもしょうがない。向こうまではこの施設の設備では音を届かせることができない」
「向こう? 近くにいるのか? 潜水艦か?」
「さほど離れていないところで待機している手はずとなっている。だが泳いでいくのは無理だ。通常のスイムスーツでは水圧に耐えられないし、潜水服では泳げない。浮上だけだ」
「いや、いけるぞ」
暗い海中を大きな魚が進む。尾の先からロープが伸び、潜水服の頭部がくくりつけられていた。潜水服の頭部の中でライトが一定の規則で点滅している。魚はライトを引きながら海底に隠れていた大型潜水艦のまわりをまわった。
「来た。返答だ」
Bがソナーで受信する。
「明日、迎えに来るとのことだ」
モールス信号。魚のライトも、Bがソナーで受信した音も言葉だった。
これで助かった。AとBは喜びの声をあげる。
「しかしあの魚はなんだったんだ? なぜああも精密に命令を理解する?」
「俺の研究を言ってなかったな。あれはまだ実験中のやつなんだが。実験室で話そう。命が助かると決まったなら研究を続けたいしな」
AとBはAの実験室に向かう。
「いったいどんな研究なんだ?」Bが尋ねた。
「人魚だよ」Aが答える。
実験室の扉が開いた。
部屋から生臭い死臭が漏れ出した。
壁に吊るされた大型の魚と人間の死体たち。
切断され。
接合され。
架空だったはずの存在に作り変えられる。
「知能も高く、丈夫そうないい素体だ」
Aが笑う。
「軍のため、美しい兵器になってくれ」