てきすとぽい
X
(Twitter)
で
ログイン
X
で
シェア
第60回 てきすとぽい杯〈紅白小説合戦・紅〉
〔 作品1 〕
»
〔
2
〕
〔
3
〕
…
〔
4
〕
猫派です。誰がなんと言おうと猫派です。
(
犬子蓮木
)
投稿時刻 : 2020.12.12 22:52
字数 : 2164
1
2
3
4
5
投票しない
感 想
ログインして投票
猫派です。誰がなんと言おうと猫派です。
犬子蓮木
「わたしは猫派なんですけど!?」
つい驚いて声が出てしま
っ
た。思
っ
ても見なか
っ
たからだ。たしかに普段の様子から感染の疑いがありとのことだ
っ
たがまさか自分が罹るなんて思わなか
っ
た。だ
っ
てわたしはナチ
ュ
ラル・ボー
ン・猫派なのだ。
「しかし、検査の結果、あなたは犬大好き病に感染していることがわかりました」
白衣を着たお医者様が神妙な面持ちで言う。PCを操作し、画面に検査中のわたしの顔を映した。
「見て下さい。これは犬とそれ以外のものをあなたに見せたときの顔です」
たしかに、犬を見ているときにこれはもう完全に感染しているようなみ
っ
ともなくしまりのない犬のかわいさにやられた顔を見せていた。こんなものを本人に見せないでほしいし、お医者様にも見てもらいたくはない。
「それで、大丈夫なんですか? まさか猫のことを嫌いにな
っ
たりは
……
」
「それは大丈夫です。今までに好きだ
っ
たものを嫌いになるわけではありません。好きなものが増えるという感じでし
ょ
うか。気をつける点でいえば、お金の消費が増える可能性などですね。今まで猫グ
ッ
ズを買
っ
ていたとしたら、これからは犬グ
ッ
ズも買うことになるでし
ょ
う。よか
っ
たらうちの売店も見てい
っ
て下さい。最近、かわいい犬グ
ッ
ズを置き始めたんですよ」
なら、まあよか
っ
た。お財布的には厳しいが。というか貴様、犬派か。感染者か。
わたしはいろいろな説明を受けたあとで病院から出た。薬局で薬をもらい家に帰る。しかし家族になんて説明しよう。考えただけで心が重くなる。それに、周りにうつさないようにしなければならない。あと1週間ほどは他人にうつしやすい状態が続くとのことなのであまり人に関わらないようにしなければ。
この病気は、症状自体はかか
っ
てしまうと戻ることのない不治の病である。わたしはもう一生、犬を好きにな
っ
てしま
っ
たのだ。本当は猫派だ
っ
たのに。
散歩中の犬が向こうからや
っ
てきた。
かわいい。
いや、わたしは猫派だ。
犬より猫を探すのだ。
犬とすれ違う。
し
っ
ぽを振
っ
ている。
こんにちわん! 元気ですか? 心の中で犬に話し、微笑みかけた。
違う。違うのだ!
この犬が特別かわいか
っ
たからで。
あ、向こうから別の犬がや
っ
てきた!
かわいいな。
…………………………
。
ちくし
ょ
う。ちくし
ょ
う。
どうしてこんな世界にな
っ
てしま
っ
たんだ。
この病気は今年の夏頃に流行りだした。どこからはじま
っ
たのかわからない。だが、あるときどこかの学者が気づいた。ペ
ッ
トシ
ョ
ッ
プの犬の売上の増加と、保護犬の引き取りがあきらかに増えていることに。それは世界中がそうだ
っ
た。どこの国でも犬が大人気にな
っ
た。猫派のわたしとしては当初とてもくやしか
っ
た。どうしてこんなに犬ばかり人気になるのかと。だけどそれは感染症だ
っ
たのだ。ある研究者がいろいろな方法で調べた結果、人から人にうつる病気だとわか
っ
た。
ああ、このままでは犬派に支配されてしまう!
今では、もう全人口の8割が犬好きだというじ
ゃ
ないか。もとからどのぐらいの犬好きがいたか知らないけど。
わたしはなんとかしてこんな病気に罹らないように気をつけていた。しかし防ぐ手立てが少ない。マスクをしても意味がないし身体的接触を減らしても効果がない。なにせネ
ッ
ト越しに犬の動画や写真を見るだけで感染してしまうのだ。ネ
ッ
トをやめろとでも言うのだろうか。かわいい猫写真が見れないじ
ゃ
ないか。も
っ
と猫写真をネ
ッ
トにあげろ。これからは犬動画もあげろ。よろしくお願い致します。
うちについた。玄関の中の脱走防止柵をあけて廊下を進む。向こうからもふもふとした犬が駆け寄
っ
てきた。
「ただいま。お留守番ありがとうね」
犬がし
っ
ぽを大きく振
っ
て脚にしがみついてきたので、し
ゃ
がんで全身を撫でる。
あ? 何? なんで猫派が犬を飼
っ
ているんだ
っ
て? なにか文句でも? 猫派が犬を飼
っ
ち
ゃ
いけないんですか? 日本国憲法に書いてありますか? 地球が何回まわ
っ
たときにわたしが犬飼
っ
てない
っ
て言いましたか?
この犬は夫がどうしてもというから飼
っ
ているのだ。
猫派のわたしとしては猫が描いたか
っ
た。だが、結婚してから判明したことだが夫はナチ
ュ
ラル・ボー
ン・犬派だ
っ
たのだ。結婚前は、猫かわいいね、とか写真を見て言
っ
ていたくせに、わたしに取り入るための作戦だ
っ
たのだ。これだから犬派は汚い。策士である。
結局、どちらも飼おうという話にはな
っ
たが、いきなり同時に飼い始めるのは難しいだろうということで、まずは犬からということにな
っ
た。じ
ゃ
んけんで負けたので。
というわけでわたしは犬を飼
っ
ている。猫派だが。
おお、よしよし、かわいいね。犬をもふる。
うちの犬はかわいい。世界一だ。この犬のかわいさには流石に猫も勝てない。猫派のわたしもそれは以前から認めていた。
「犬大好き病とかにな
っ
ち
ゃ
っ
たよ。猫派なのに
……
」
犬に話しかける。
犬はつぶらな瞳でわたしを見る。
「これからどうなるんだろう
……
」
いろいろな不安が頭をかけめぐる。
犬が顔をく
っ
つけてきた。
頬がもふ
っ
とした毛にふれる。
わたしは微笑んでから頭を撫でた。
「大丈夫、本当に好きなのはお前だけだから」
将来、世界一大好きな猫を飼うことになるだろうけれど、
これから他の犬を大好きにな
っ
てしまうこともあるだろうけれど、
世界一大好きな犬は君のままだ。
犬がワンと元気に吠えた。
<了>
← 前の作品へ
次の作品へ
→
1
2
3
4
5
投票しない
感 想
ログインして投票