第60回 てきすとぽい杯〈紅白小説合戦・紅〉
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猫派です。誰がなんと言おうと猫派です。
投稿時刻 : 2020.12.12 22:52
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猫派です。誰がなんと言おうと猫派です。
犬子蓮木


「わたしは猫派なんですけど!?」
 つい驚いて声が出てしまった。思っても見なかったからだ。たしかに普段の様子から感染の疑いがありとのことだったがまさか自分が罹るなんて思わなかった。だってわたしはナチュラル・ボーン・猫派なのだ。
「しかし、検査の結果、あなたは犬大好き病に感染していることがわかりました」
 白衣を着たお医者様が神妙な面持ちで言う。PCを操作し、画面に検査中のわたしの顔を映した。
「見て下さい。これは犬とそれ以外のものをあなたに見せたときの顔です」
 たしかに、犬を見ているときにこれはもう完全に感染しているようなみっともなくしまりのない犬のかわいさにやられた顔を見せていた。こんなものを本人に見せないでほしいし、お医者様にも見てもらいたくはない。
「それで、大丈夫なんですか? まさか猫のことを嫌いになったりは……」
「それは大丈夫です。今までに好きだったものを嫌いになるわけではありません。好きなものが増えるという感じでしょうか。気をつける点でいえば、お金の消費が増える可能性などですね。今まで猫グッズを買っていたとしたら、これからは犬グッズも買うことになるでしょう。よかったらうちの売店も見ていって下さい。最近、かわいい犬グッズを置き始めたんですよ」
 なら、まあよかった。お財布的には厳しいが。というか貴様、犬派か。感染者か。
 わたしはいろいろな説明を受けたあとで病院から出た。薬局で薬をもらい家に帰る。しかし家族になんて説明しよう。考えただけで心が重くなる。それに、周りにうつさないようにしなければならない。あと1週間ほどは他人にうつしやすい状態が続くとのことなのであまり人に関わらないようにしなければ。
 この病気は、症状自体はかかってしまうと戻ることのない不治の病である。わたしはもう一生、犬を好きになってしまったのだ。本当は猫派だったのに。
 散歩中の犬が向こうからやってきた。
 かわいい。
 いや、わたしは猫派だ。
 犬より猫を探すのだ。
 犬とすれ違う。
 しっぽを振っている。
 こんにちわん! 元気ですか? 心の中で犬に話し、微笑みかけた。
 違う。違うのだ!
 この犬が特別かわいかったからで。
 あ、向こうから別の犬がやってきた!
 かわいいな。
 …………………………。
 ちくしょう。ちくしょう。
 どうしてこんな世界になってしまったんだ。
 この病気は今年の夏頃に流行りだした。どこからはじまったのかわからない。だが、あるときどこかの学者が気づいた。ペットショップの犬の売上の増加と、保護犬の引き取りがあきらかに増えていることに。それは世界中がそうだった。どこの国でも犬が大人気になった。猫派のわたしとしては当初とてもくやしかった。どうしてこんなに犬ばかり人気になるのかと。だけどそれは感染症だったのだ。ある研究者がいろいろな方法で調べた結果、人から人にうつる病気だとわかった。
 ああ、このままでは犬派に支配されてしまう!
 今では、もう全人口の8割が犬好きだというじゃないか。もとからどのぐらいの犬好きがいたか知らないけど。
 わたしはなんとかしてこんな病気に罹らないように気をつけていた。しかし防ぐ手立てが少ない。マスクをしても意味がないし身体的接触を減らしても効果がない。なにせネット越しに犬の動画や写真を見るだけで感染してしまうのだ。ネットをやめろとでも言うのだろうか。かわいい猫写真が見れないじゃないか。もっと猫写真をネットにあげろ。これからは犬動画もあげろ。よろしくお願い致します。
 うちについた。玄関の中の脱走防止柵をあけて廊下を進む。向こうからもふもふとした犬が駆け寄ってきた。
「ただいま。お留守番ありがとうね」
 犬がしっぽを大きく振って脚にしがみついてきたので、しゃがんで全身を撫でる。
 あ? 何? なんで猫派が犬を飼っているんだって? なにか文句でも? 猫派が犬を飼っちゃいけないんですか? 日本国憲法に書いてありますか? 地球が何回まわったときにわたしが犬飼ってないって言いましたか?
 この犬は夫がどうしてもというから飼っているのだ。
 猫派のわたしとしては猫が描いたかった。だが、結婚してから判明したことだが夫はナチュラル・ボーン・犬派だったのだ。結婚前は、猫かわいいね、とか写真を見て言っていたくせに、わたしに取り入るための作戦だったのだ。これだから犬派は汚い。策士である。
 結局、どちらも飼おうという話にはなったが、いきなり同時に飼い始めるのは難しいだろうということで、まずは犬からということになった。じゃんけんで負けたので。
 というわけでわたしは犬を飼っている。猫派だが。
 おお、よしよし、かわいいね。犬をもふる。
 うちの犬はかわいい。世界一だ。この犬のかわいさには流石に猫も勝てない。猫派のわたしもそれは以前から認めていた。
「犬大好き病とかになっちゃったよ。猫派なのに……」
 犬に話しかける。
 犬はつぶらな瞳でわたしを見る。
「これからどうなるんだろう……」
 いろいろな不安が頭をかけめぐる。
 犬が顔をくっつけてきた。
 頬がもふっとした毛にふれる。
 わたしは微笑んでから頭を撫でた。
「大丈夫、本当に好きなのはお前だけだから」
 将来、世界一大好きな猫を飼うことになるだろうけれど、
 これから他の犬を大好きになってしまうこともあるだろうけれど、
 世界一大好きな犬は君のままだ。
 犬がワンと元気に吠えた。
                                   <了>
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