顔の荒野
土地のガイドの話だと、この荒野には無数の顔が落ちているらしい。
「ほら、そこら中に落ちていますよ」
岩と赤土の大地に草がまばらに生えた、生物の影も見えない不毛の荒野だ
った。そこに灰色の石の塊のようなものが点々と落ちている。それが顔だった。
「石の顔?」
ひとつ拾い上げてみる。人面である。深い皺の刻まれた老人の笑顔がそこにあった。その手触りは石のように固かったが、表情はまるで生きている老人からそのまま切り取ったかのように豊かで生々しい笑顔だった。
「これ全部が」
「はい。すべてそのような人の顔です」
見渡す限りの荒野に目に入るだけでも数百の顔が落ちている。荒野全体となると幾万を数えても足りないくらいの数があるようだった。顔は笑顔の老人のみならず、泣いている少女、怒っている壮年男性、無表情の青年、幸せそうな若い女性の顔など老若男女や喜怒哀楽を問わず、さまざまな表情をしておりひとつとして同じ顔がない。それが一様にしてこの荒野に転がっているのである。不思議で奇妙な光景だった。
「この顔はどうしてここにあるのだい?」
「生まれは知りませんが、ここに集まる理由はあれです」
ガイドが空を指差すと、黒く大きな鳥が飛んでくるのが見えた。その足先になにかを掴んでいるのが見える。
「あの鳥が運んでくるのです」
黒い怪鳥が空を飛びながら足に掴んだものをぽとりと落とす。近づいてみると、そこにはなにかを叫ぶ少年の顔があった。
「言い伝えではあの鳥は魂喰いで、食べ終えた人の魂がこのような石の頭になるとされています」
「それにしては……」
私にはこの少年の顔が喜びを叫んでいるように見えた。
「また鳥が――」
一羽で飛ぶ黒い鳥はゆったりとした羽ばたきで荒野の上空を過ぎていき、またぽとりと人の顔を落として去っていく。
輝石を集める鳥がいるというのを私は長い旅の見聞で知っている。私にはこの黒い鳥の行為が、人の感情を輝石のように集めているみたいに思えた。
「あ」
そのときこの黒い鳥が私にむかって降下し、私の真上を掠めるようにして飛び去っていった。
「だ、大丈夫ですか?」
「ああ――」
ガイドが慌てて駆け寄るのを横目に、私は飛び去る黒い鳥の足がなにかを掴んでいないか、じっと目を凝らしてその姿を追い続けた。
そこにもし私の顔が輝石のようにあったなら、それはきっと喜ばしいことなのだから。