てきすとぽい
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第61回 てきすとぽい杯〈てきすとぽい始動9周年記念〉
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傷
(
白鯱
)
投稿時刻 : 2021.02.13 23:44
最終更新 : 2021.02.14 00:14
字数 : 1722
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2021/02/14 00:14:18
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2021/02/14 00:12:40
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2021/02/14 00:09:40
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2021/02/14 00:07:31
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2021/02/13 23:44:38
傷
白鯱
その唇の傷を付けたのは私だ
っ
た。
お守りの文庫本を私は握りしめていた。
執拗に悪ふざけをしてくる、結那の長い黒髪の上を窓からの光が流れていく。大きな黒目がちの目を細めて、彼女は私をからかう。
クラスの中での彼女はいつも別人だ
っ
た。美しさの象徴であり、世界の中心であり、私の最も遠い存在だ
っ
た。
「本なんていくら読んだ
っ
て、無駄じ
ゃ
ない」
結那は小さめの唇から、言葉を投げて寄越す。回りの女子が、私を見て笑う。
バランスの悪い私の唇とは違
っ
てそれは、柔らかささえ触れずにも分かるような形をしている。黒い制服の長袖の先からは白い指に繋が
っ
ていて、それは細く長く、私の短く少し曲が
っ
ていて、どうした
っ
て白とは形容できないような指とは違う。
結那は、その尖
っ
た鼻と大きな目と柔らかい唇を開いたり閉じたり歪めたりしながら私をからか
っ
た。
――
これは、あなたが、好きだと言
っ
た本
――
。
私は、そんな言葉が出そうにな
っ
て喉を押さえる。友達が、いなくな
っ
てしまう。
友達
っ
て何だ
っ
け。
本が好き。数式の無機質さに怯えている時とか、朝の雨の中登校するときとか、お母さんが死んだ時でも、私は本を読んだ。
私はいつもここには居ない。
どこかの世界で、私はずー
っ
と旅をしている。ペー
ジを捲ると、私はどこにでも行けて、私は、ここにはいない。
本の中の友達は、主人公の私にはいつも居る。名前で呼ばれ、悲しい時も嬉しい時も、私は友達に囲まれている。ひとりなんかじ
ゃ
ない。
本を閉じると、私には、友達が居なくなる。学校の四階の端の日の当たらない図書室以外に私は、行くところが無か
っ
た。
冬に図書室の窓の外に雪が降るとき、どこまでも景色が真
っ
白になるとき、石油ストー
ブのにおいのする図書室で、ペー
ジを捲る私に、不意に声を掛けてきたのは、結那だ
っ
た。
首筋にに彼女の髪の毛が滑るのを感じた。次に耳元に、暖かな息づかい。
「何を読んでるの」
間近で見た結那の顔は、その先に見える窓外の白い雪と同じくらいの色をしていて。私が本の名前を伝えようとする前に、目を細めて、表紙のタイトルを見つけて、彼女がその名前を声にのせた。
「あたしも、その本好き」
少しだけつり上が
っ
た結那の目が細められて、猫みたいだなと思
っ
た。笑うと少しだけ眉の間にしわが出来る。綺麗な顔なのに、しわができるんだ。と、不思議だ
っ
た。
私は、その本について、思
っ
ていたことを言葉にした。声が溢れた。初めて本について人に話した。結那は、首を傾げて微笑みながら、頷いてくれる。そのたびに真
っ
直ぐな髪の毛が流れる。私のうね
っ
た髪の毛とは違う。本の中の主人公にもこんな友達が居たことに、私は勝手に運命を感じて
――
。鞄の中からお守りに持
っ
ていた大好きな本を取り出して、結那に押しつけた。翌日には、便せんに感想を書いて返してくれた。
内緒ね
――
。という言葉とともに。
なんで、そんなにバカにしたような事を言うの。悲しくて、私は文庫本を握りしめた。初めて結那と話せた時に渡した本を、彼女がからかうのは、なんでだろう。本のことを内緒にしたいのはなんでだろう。私と友達なのが恥ずかしいから。本なんて読むような暗い趣味が恥ずかしいから。分からない。本の中の主人公の私なら、答えに気付くことができて、エピロー
グまでにき
っ
と分かることができるのに、結那の二つの三日月の目が、私を見ながら「気持ち悪い」と動いた時に、わたしは、大切な本を投げた。
それは、結那の顔に向か
っ
て真
っ
直ぐに飛んだ。
私の気持ちみたいに。
だけど、ほんとうに、ほんとに、ぶつけるつもりなんてなか
っ
た。
黒髪が広が
っ
て、結那が顔を背け、唇の端に赤い血が流れるのが見えた。すぐに髪の毛が流れてそれを隠す。
当てるつもりなんてなか
っ
た。私の言葉は、形にならなか
っ
た。クラスの子たちが何人か集ま
っ
て、結那はすぐに見えなくな
っ
た。
後悔の気持ちは、大好きだ
っ
た本を投げたことなのか、結那の唇に傷をつけたことなのか、それとも
――
友達がいなくな
っ
たことだ
っ
たのか。思い出してもよく分からない。結那の複雑な家庭の話を知
っ
たのはずいぶん後だ
っ
た。
その唇の傷を付けたのは私だ
っ
た。
大切な文庫本の中に挟んだ古い集合写真の中で、結那の顔が私を睨んでいた。
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