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第61回 てきすとぽい杯〈てきすとぽい始動9周年記念〉
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目玉しゃぶり
 投稿時刻 : 2021.02.14 00:13
 字数 : 1570
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目玉しゃぶり
ポキール尻ピッタン


 日本三大云々と呼ばれる名勝は数あれど、瀬田川を渡る唐橋は天智天皇の時代からその名を轟かせている由緒ある日本三大橋のひとつだ。巷には滋賀県には琵琶湖しか無いと思ている輩が溢れているようだが、俺はそんな非常識な連中に出会うたび、口を酸ぱくして唐橋から見える情景の素晴らしさを奴らの顔から感情が無くなるまで語り尽くした。そのおかげで何人もの友達を失て来たが後悔はない。いまさらどうすることもできないし。
 俺は六十歳を超え、ようやく自分の性格に難があると気づいた。都内で就職したが会社に馴染めず人間嫌いになり、両親の介護をきかけに地元へ戻るとおよそ二十年間、まれにコンビニへ行く程度の引きこもりになてしまた。両親が逝去し貯蓄が尽き、しかたなく唐橋の中洲にある老人ホームへ就職した。送迎バスの運転手である。そこで俺は興味がない話を延々と語り続ける老人たちに囲まれて、ようやく俺の話に辟易していた友人の気持ちが分かた。いまさらながら、鬱陶しいことこの上ない。しばらく自己嫌悪に陥ていたが、不思議なものである。反省をしているのに、俺は誰かが相手してくれることが本当に嬉しかた。はきり言て老人たちの話はさぱり分からないが、それでも俺は救われていた。
 見慣れぬ顔だたから珍しかたのだろう。老人たちの俺への興味はまたたく間に失われていた。また新人が入てきたのだ。しかも二十代の美少年。橋幸夫みたいだねえとうとりする婆さんの目に俺の姿はもういなかた。前記した通り、俺の性格には難がある。その日を境に自分を抑えきれないほどの嫉妬心が溢れ出した。誰か包丁で刺してくれないかな。大病に罹て障害を持てくれないかな。持つものに対する持たぬものの妬みは強烈だ。俺は仕事から帰るたびに自室で呪いの言葉を吐き続けた。
 ある日、美少年が洗車している俺に話しかけてきた。微笑みはまるで花のよう。見惚れる自分の目にアイスピクを刺してやりたい。俺はなるべく顔を背けて忙しいフリをしながら話を聞いた。
 瀬田二丁目に住んでいる美少年は徒歩で職場へ通ている。出勤途中、唐橋の袂で突然婆さんに話しかけられたそうだ。その婆さんは綺麗な絹の茶巾袋を差し出して彼の胸に袋を押し付けて去ていた。困た美少年は上司に遅れる旨を伝え、婆さんへ返そう橋を戻て探した。すると先ほどの婆さんによく似た女性を見つけ駆け寄ると、こんどはその女性からも茶巾袋を渡されてしまたそうだ。実は今日だけでなく、美少年は昨日も別の婆さんから二つの茶巾袋を預かていた。
 どうしましうと訊かれても、俺にはベストな答えを導き出せない。この地に住んでいる者なら知ているはずの逸話を美少年は連想できないようだた。
 妖怪「目玉しぶり」。唐橋に現れる美しい女性の妖怪だ。絹で包まれた箱を通りかかた者へ渡し、橋の袂にいる女性へ届けるよう依頼する。箱を渡してしまえば問題ないのだが、出来心で中身を見てしまう者もいる。箱には大量の目玉が入ていて、中を見た者は高熱を出し目玉を失て死ぬという。
 俺はこみ上げる笑みを我慢できずにいた。茶巾袋の中身を確認しろと言てやりたい。美少年は目玉を失て死ぬだろう。しかも袋は四つだ。耳や鼻、舌や歯も一緒に失うかもしれない。
 お前はモテるから、きとプレゼントかなんかじないの?
 俺のために犠牲になるのだ。老人たちは俺だけのものだ。
 面倒くさそうに頷いた美少年を見送ると、俺はバスの運転席に座り涙が出るほど笑い続けた。
 当然、妖怪などいるはずもなく、翌日俺は笑顔をたたえた美少年から報告を受ける。茶巾袋の中身はおはぎとラブレター。老人ホームにいる婆さんから聞いたらしい。カレは甘いものが好きなの。とても優しいの。
 俺の顔から感情が失われた。友人の気持ちがよく分かる。
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