眠れぬ夜に
エアコンが壊れている。カタカタと嫌な音がしていると思
ったら、風も来なくなった。携帯用の小型扇風機も過酷な使用に耐えられず、命尽きた。
窓を開けても無風。見上げても闇。星も見えない都会の小さな空。
暑すぎて眠れない。ツイッターで呟き続ける。知り合いなんて誰もきっと読んでない。そんな時間。
あいつは今日 彼女と花火大会に行って、甘ったるい素敵な思い出作って 一緒に心地よい眠りについている。
どうしてあいつの傍らに居るのが自分じゃないのか。空しい。空しい。悔しい。悔しい。
眠れないのは暑さのせいだけじゃない。
*
インターホンが鳴る。こんな時間に誰?
覗き窓から見ると、あいつがドアの向こうに立っている。嘘。何で?
嬉しそうな顔なんてしない。冷静に、冷静に。
手櫛で髪を整え、部屋着の裾の捲れを直す。
ドアを細く開ける。
「何?」
「眠れないって?辛くて、悲しくて 死にたいって?」
「死にたい、は言ってない」
「そっか」
「何しに来たの」
「え、と何だっけ。ああ、ツイート、気になってさ」
「暑くて眠れないだけ。エアコン壊れた」
「ええっ、大変じゃん。このクソ暑い夜に」
「彼女は?」
「え?」
「彼女は置いてきたの?部屋に?」
「はぁ?」
「隠さなくてもいいよ。茜ちゃんと花火大会行って、その後ベランダで涼みながらビール飲んでたじゃん」
「茜のツイートか」
「個人情報ダダ漏れ。そのまま部屋に居るんでしょ?」
知りたいことも知らなくていいことも、何でも画面に浮かんでくる。
便利で不便で 有難迷惑な機能。
誰がどんな気持ちで読んでるかなんて幸せなひとは気にもしない。
「戻ってやんなよ。こんなことしてたら また振られるよ」
「また、は余計」
「大丈夫か?熱中症で死ぬなよ」
大丈夫じゃないよ。胸が潰れて死にそうだよ。
「俺にできることある?何か買ってきてやろうか?」
して欲しいことを言ってもいいの?じゃあ、戻らないで、ここに居て。
「ないよ、別に。大げさな。大丈夫」
「そっか、水分とれよ。ひんやりシートとか、濡れタオルとか何でもいいから身体冷やせ」
「うん、有難う」
冷蔵庫を開けて冷えた空気を顔に当て、ペットボトルの水を飲む。
製氷皿に少しだけ残っていた古い氷を出してビニール袋に入れ、頭に当てると気持ちが良かった。
隣の部屋の風鈴がちりんと鳴る。緩い風を感じて横になる。
眠るまで きみがうちわで煽いでくれる、そんな夢をみよう。
さっき来てくれたのも、きっと夢。真夏の夜はまだまだ長い。