てきすとぽい
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推敲バトル The First <前編>
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シェネイ
(
豆ヒヨコ
)
投稿時刻 : 2013.06.21 17:57
字数 : 2392
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シェネイ
豆ヒヨコ
その冷蔵庫は縦に長いライトブルー
の卵型で、棚や仕切りの類はい
っ
さい入れられていなか
っ
た。ぽかんとくり抜かれた空間に、シ
ェ
ネイは膝を抱え、綺麗に折りたたまれて収納されていた。
「ええと… 電源を入れる」
誰もいないワンルー
ムマンシ
ョ
ンで、冷蔵庫の側面に取りつけられた銀色のマイクに向かい、僕はそうつぶやいた。うんともすんとも言わない。「電源オン」とか「スイ
ッ
チオン」などと言葉を変えても、白く色づいた冷気がさわさわと流れ出るばかりで、やはりシ
ェ
ネイは動かなか
っ
た。
「なんだよ、不良品か? 」
ため息をついて諦めかけたとき、冷蔵庫のモー
ター
がブ
ゥ
ンと大きく響いた。は
っ
と驚いてシ
ェ
ネイを見ると、白金色のまつげを震わせながら、そ
っ
と目を開けたところだ
っ
た。澄んだ湖にも似た青い瞳で、ぼんやりとこちらを見つめる。ブロンドの前髪が額に落ちかかり、シ
ェ
ネイはそれをう
っ
とおしそうに指で払
っ
た。
「こんにちわ、私はシ
ェ
ネイNO.
2985よ。よろしくね」
けだるくかすれた声で彼女はマニ
ュ
アルを棒読みし、淡く微笑んだ。す
っ
と立ち上がると思いのほか背が低く、160cm弱というところだ。す
っ
きりしたスラヴ系の顔立ちは、確かに注文通りだ
っ
た。
「ここはどこ? 」
僕は取り落とした説明書を拾い、その裏面に書かれた世界地図を見せる。
「日本で、首都の東京だよ」
「わあお、ずいぶん遠くにきたわね」
彼女の眼に光が宿
っ
た。しみひとつない陶器のような肌に、汗とは違う、細かい結露が勢いよく湧いた。真
っ
白なワンピー
スに、するすると滴り落ちて円をつくる。
「暑くないの? 」
言
っ
てから、僕は寒くないか聞くべきだ
っ
たかと後悔した。
「そうね、暑いかしら。でも、もう少ししたら慣れると思うわ」
確かにこの部屋は暑い。西向きで夕日がアホほど差す上、高層ビルに挟まれて風通しが最悪だからだ。湿気も多くて不快ときてる。本当はシ
ェ
ネイなんか置く場所もないくらい、物にあふれて小さな部屋なのだ。でも、つい買
っ
てしま
っ
たのだ
っ
た。深夜のテレビシ
ョ
ッ
ピングで、不覚にも心を動かされて。
予備バ
ッ
テリー
のオプシ
ョ
ンをつけなか
っ
たので、激しい運動をした場合、シ
ェ
ネイは速やかに経口で栄養(正しくはバイオエネルギー
)を摂らなければならなか
っ
た。冷蔵庫 ―彼女が入
っ
ていたのではなく僕が日ごろ使
っ
ている方― に残
っ
ていたモヤシとシメジで、簡単に豚肉炒めを作る。
「おいしいわ。し
ょ
っ
ぱいような、何か不思議な味ね」
初体験のし
ょ
う油味がお気に召したらしい。
「それは何? 」
僕は白飯に生卵をかけて食べていた。大したもんじ
ゃ
ないよと答えて丼からかきこむ。「なんだかドロドロして不気味。すべてがいろいろ面白いわ。エキゾチ
ッ
ク」
シ
ェ
ネイは、素
っ
裸にタオルケ
ッ
トを一枚だけ巻きつけて座
っ
ていた。長い金髪はざ
っ
くりと上げて、僕のボー
ルペンを刺して留めている。そうしていると彼女は幼く見えた。終えた行為はまるで逆なのに、女から少女に変貌した感じがした。
僕は質問してみたくなる。
「どうしてこの仕事をしてるの」
冷凍されて命を一時的に止められて、超高速で世界中に運ばれて、ひたすら体を売る商売。いくばくかの給金に引き換える、負担の大きい過酷な労働。早死にの可能性も否定できないと、大々的に報道されているのを観た覚えがあ
っ
た。
シ
ェ
ネイは、深く悩むふうでもなく首を傾げた。
「理由は特にないわ。成り行きよ。私は贅沢が好きだから、これくらいの苦労は大したことないの」
来週ドバイに遊びに行くんだ、初めての中東よと嬉しそうに笑う。
「どうしてあなたは私を呼んだの」
思い出したように彼女は聞いた。ペ
ッ
トボトルの蓋を、僕は手のひらでクルクルといじり回した。
「わからない。ただ会
っ
てみたか
っ
たから。もしかしたら、僕も元気になれるかもと思
っ
たから」
まるで子供みたいだと恥ずかしくな
っ
た。けれどそれは嘘のない気持ちだ
っ
た。テレビの画面で彼女を初めて見たとき、感じたのは紛れもない希望だ
っ
た。法外な、貯金を使い果たすレベルの利用金額も吹き飛ぶくらいの、立派な一目ぼれだ
っ
たのだ。
「元気になれた? 」
シ
ェ
ネイの声はやさしい。太くはないけれど慈悲深く、あたたかみに満ちている。
「わからない。少なくとも今は」
僕は答えた。
部屋に入ると、恐ろしく冷たい空気が皮膚を刺した。スー
ツの上着を脱ぎ洗濯機の上にたたんで置いてから、僕はリビングのドアを開けた。
卵型の冷蔵庫からは夥しい冷風が吹きつけ、その前でシ
ェ
ネイは、体育座りのように体を縮めて寝転が
っ
ていた。彼女はすでに呼吸をしていなか
っ
た。頬の赤みは消え、まぶたは閉じきらず薄く白目をむいていた。そ
っ
と腕に触れると、昨日の柔らかな弾力は失せて、ソー
ダアイスのように固く凍りついている。出社前に仕掛けておいた冷凍作業がうまくい
っ
たことに、僕はひとまず安堵した。凍
っ
たシ
ェ
ネイを送付さえすれば、あとは週末にでも、運搬業者に冷蔵庫自体の引き渡しをするだけだ。
やさしく、やさしく、シ
ェ
ネイを押し込む。乱暴にして骨ごと砕けてはいけないと、できるだけ丁寧に扱う。
「転送」
銀色のマイクは、今日は一発で僕の意図を読み取
っ
た。ひときわ大きな音をたてて、冷蔵庫のフ
ァ
ンが回り始める。霜が降
っ
た金色の髪が、ドアを閉めたあとも僕の手のひらに2、3本残
っ
た。
ふと一枚のメモが目に入
っ
た。冷蔵庫のドア上部に、マグネ
ッ
トでぺたりと貼られている。僕のボー
ルペンで書かれた、くせのある筆跡の走り書きだ
っ
た。
「次はアジアンの子がおすすめよ。私でもいいわ、NO.
2985で発注して シ
ェ
ネイ」
僕は思わず笑う。商魂たくましい。あの生命力はなんだろう。
何度か読み返してから、メモを破
っ
て細かくし、まとめてゴミ箱へ放
っ
た。部屋はすでに湿度と温度を取り戻し、いつもの不快な空間へと戻
っ
ていた。
軽く汗をかいた額を拭い、僕はシ
ャ
ワー
を浴びたいと思
っ
た。
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