第70回 てきすとぽい杯〈夏の24時間耐久〉
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むしゃむしゃ
投稿時刻 : 2022.08.13 22:10 最終更新 : 2022.08.13 23:21
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- 2022/08/13 23:21:38
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- 2022/08/13 22:28:21
- 2022/08/13 22:10:38
むしゃむしゃ
合高なな央


「あなたならどうする?」
 テレビのモニターの中で女は不安気にそう言うと、その場に佇み黙り込んだ。
 青年は何も言わず女の瞳を覗き込む。
 見つめあう二つの影。

 五秒後、彼らはズキウウウンとキスをした。

 とある休日のドラマ放送。


 僕はその日彼女の部屋に訪ねていて、夕食にカレーとハンバーグとピラフの描かれた皿に盛られたところてんをお腹いぱい食べたあと、デザートにムシムシをご馳走になていた。

「やぱりムシムシは別腹だよね」
 ムシムシは彼女の得意料理のひとつだ。とても甘美な味のするスイーツだ。
 フランスで、三十代の若さで5つ星のオーナーパテシエとなたとあるケーキ職人曰く。「人間の味覚の中で『おいしい』と感じるのは『甘い』という舌先の感覚のみです。あとは辛味、苦味、酸味を使て甘さをどのように引き立てるか、私の菓子作りの秘訣といてもただそれだけです」

 同時に彼女は実家から送られてきたというおいしい煎茶を入れてくれていた。僕がテレビドラマのキスシーンをぼーと眺めながら、ちびちびとそれを飲んで上質なその甘みをレロレロと舌先で味わていると、洗い物を終えた彼女がエプロンの裾で手を拭きながらテーブルの左隣の席に腰をおろし、自分の分の煎茶を急須からコポコポと注いで、僕に尋ねた。


「ねえ、聞いて」
 とある人里離れた深い森の奥の方で、ドスンと大きな音がして巨大な木が倒れました。
 でもそれを、誰も見ていないし誰も気が付きませんでした。音は森の外の世界には一切響かなかたのです。しかし大木は確かにドスンと倒れました。
「その話を聞いて、あなたならどうする?」

「うーん、どうだろう。何それ禅問答?」
 僕は彼女にそう問い返した。
「いいえ、この前ドラマで言てたの」
「ふーん」
「で? あなたならどうする?」
 彼女は、しつこく尋ねる。
「で、て言われても。とりあえずその木についての小説でも書くんじないかな?」
 僕がそう答えると彼女はきとんとした顔で。 
「へー、意外ね」と答えた。

 彼女が言うには、その質問に対してたいていは行動派か静観派に分かれるそうだ。つまり木が倒れたのが本当かどうか確かめにいくタイプと、自分や周りに害がないのでどうでもいいというタイプ。


 と、いうわけでこの小説を書かされました。

 もちろん5秒後に、僕が彼女にキスをしてから。

 ちなみに行動派の男はキスするときに目を開いていて、静観派は目を閉じているそうです。
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