名作の書き出しは必ず名文
 1  2  3 «〔 作品4 〕
犯人はこの中にいます!
投稿時刻 : 2026.06.05 22:20 最終更新 : 2026.06.06 02:46
字数 : 3100
5
投票しない
更新履歴
- 2026/06/06 02:46:46
- 2026/06/06 02:44:57
- 2026/06/06 02:21:54
- 2026/06/05 22:20:14
犯人はこの中にいます!
合高なな央 創作垢


(3)蛙の死/萩原朔太郎(『月に吠える』より)


 蛙が殺された。そう、まさに帰らぬ人となたのでした。でも、カエルなのにカエラないなんて……
 え? そもそもカエルは人じないだろ、ですて?
 チ! 何ということでしう。そんなことは少しも問題ではありませんでした。
 なぜなら、この森の仲間の中には人間なんて一人もいなかたのですから。


 六月に入た途端、季節外れの台風が夜中の森を駆け抜けていきました。
 生き物たちは、ゴウゴウと荒れ狂う木枝の音に怯え、それでも夜更けとともに次第に眠りへと落ちていたのです。

 翌朝のことです。
 森は不思議なほど清々しい顔をしていました。折れた小枝があちこちに散らばり、いくつもの水たまりが朝の光を映します。そして葉ぱは昨日より緑濃く、土の匂いは養分深く、小川はより生き生きと勢いよく流れていました。

 カタツムリは飛ばされてきた枝や葉をマイペースならぬマイマイペースで乗り越え、台風の後の爽やかなる匂いをひそかに楽しみながら探索散歩をしているのでした。
 やがて川べりに出ると、朝の光が斜めに差し込み、蜘蛛の巣の水滴が小さな宝石のようにきらめいていました。

 そのとき、泥の山から突き出た二本の緑色の棒が目に入りました。先には吸盤のようなものがついています。
 どこかで見たことがあるような……そう思た瞬間、カタツムリは叫んでいました。

「大変だー! 足だ、足が落ちている!」

 森中に響いたその声に、仲間たちが何事かと小川の傍まで集まてきました。サギが恐る恐るその足を突つき引張り上げると、泥だらけになた一匹の蛙が抜き取られ、泥の山の上に汚れたまま横たえられたのです。

 みんなから悲鳴が上がり、深い悲しみが森を包みました。でも、いつまでも泣いているわけにはいきません。キツネが勇気りんりんと前に出ました。

「この中に犯人がいます! 犯人は必ず現場に戻てくる習性だからね。オイラには分かてるんだ」

 キツネは慌て者で、いつもその場をかき回すくせがあります。でも本人はいたて真剣そのものです。仲間たちはため息をつきながらも、その様子をどこか愛おしくも思ていました。

 キツネは自信満々にサギを指差しました。
「犯人はお前だ! サギという名は詐欺に通じる。嘘つきは泥棒の始まり、詐欺師は殺人犯のはじまりだ!」

「そんな言いがかりはやめてよ!」
 サギが声を荒らげると、ヘビが冷静に口を挟みました。
「キツネくん、サギが犯人ならわざわざ泥の中に埋めたりはしないよ。俺だて同じさ。殺したなら今頃この腹の中だ」

「ふむふむ、なるほど」
 キツネは腕を組み、しばし思考してから、次にカタツムリを指差しました。
「それならお前だ! 天敵の蛙に食べられるのを恐れて、先に暗殺したんだろう!」

「どうやて僕が蛙さんを殺せるんだよ? 角や目玉はともかく、手も足も出やしないよ。それにカエルが天敵なのはナメクジだよ」
……え? いや、でも、ああ、ナメクジとは違うのか? と、とにかくお前が怪しいんだ!」
 キツネのあまりの的外れな逆ギレに、周囲からくすくすと失笑が漏れました。

 それでキツネは耳まで真赤になり、小川の傍がしんと静まり返ているのに合わせて、ようやく口を閉ざして、だんまりを決め込みました。

 そのとき、思慮深さで名の通たアナグマが優しく口を挟みました。
……犯人が誰かとかより、まずは蛙くんの足どりを辿ることにしましう。みんな、彼と最後に会たのはいつ頃だい?」

 場の空気が、ゆくりと変わりました。

 そういえば、ここ最近……いや、むしろずいぶん長いことカエルの姿を目にしてなかたように思うのです。

 ムラサキシジミ蝶が羽を震わせて前に進み出ました。
「私、去年の秋にサナギになた頃、ずと孤独で不安だたの。そこに、毎日声をかけてくれたのが蛙さんだたわ。『きれいな蝶になるんだから、焦らずただじと待ていればいい』て。それに蝶になた時、真先に彼がキレイだねて褒めてくれたのよ……

 そこに、カメレオンがぽつりと続けました。
「俺も秋だた。自分は実際、何色なんだろうて悩んでたんだ。でも、あいつは笑て言てくれたよ。『選べるて素敵じないか。たくさん失敗して、それから本当に大切な色が決まるんだね』て。それで、なんかふと楽になれた」

 最後に、おじいちんフクロウが顔をくるんと回しながらまぶたを閉じて語りました。
「あやつはいつも、わしら年寄り衆を気にかけてくれてたよ。『敬老、敬老』と夏の間、毎晩大きな声で励ましてくれた」

 その言葉に、仲間たちは泣き笑いしました。蛙はただ、夜通し「ケロケロ」と鳴いていただけでした。それが彼らには、温かい応援の言葉に聞こえていたのです。

 泥の山を囲んで、静かな忍び泣きが広がりました。

 やがて、カタツムリが震える声で呟きました。
……もう、ケロケロの歌声、聞けないんだね」


 皆がうつむき、生前のやさしい蛙に思いを馳せました。カタツムリは触角をしぼませたまま動けずにいました。キツネだて、誰にも気づかれないよう、そと前足で目元を拭ていました。
 仲間たちのざわめきが止み、小川の音だけが静かに流れていたそのとき——泥山の上の汚れた塊が、ぴくり、と小さく揺れたような気がしました。
 仲間たちは一斉に集中しました。沈黙が森を支配し、小川の音さえ止また気がします。

 次の瞬間、乾いた泥がボロリと剥がれ、そこから金色で囲まれた漆黒に潤う宝玉のようなものがゆくりと姿を現しました。
 それは寝ぼけた眼でした。蛙は夢の中から帰てきたのか、ゆくりとみんなを見回します。

 一瞬の凍りつくような沈黙の後……

「蛙さん……が」
「生きてる?……生きてるよ!」

 歓喜の叫びが、森中に爆発しました。カタツムリは触角を思いきり伸ばして揺らし、蝶は涙を粉にしてくるくると舞いました。キツネは呆然とした後、すぐに勢いよく飛び出しました。が、泥に滑て派手に転びました。

 蛙は泥まみれの手で鼻をつまみ「ふん!」と息を吐いて、両耳からドングリの実をポーンと飛ばしました。

……どうしたんだい、みんな? オイラ、冬眠してたつもりだたけどな……

 その場の雰囲気で状況を理解した蛙は、耳まで真赤になているキツネを見て、優しく微笑みました。

「キツネくん……と、あれからまた、毎晩起こしに来てたんだろ?」
 キツネは小さくなて頷きました。
「ごめん……オイラ蛙と遊ぶのが楽しくて、眠てちたいないて思……

 冷ややかな視線がキツネに集中しました。しかし蛙は、困たように、それでも優しく言いました。
「怒てないよ。オレちも、キツネくんが来るのは嫌じなかた。ただ……少しだけ、ゆくり眠りたかただけなんだ。それでドングリの実で耳栓して泥の中へ。どうやら長いこと寝過ごしちまたみたいだね」

 キツネの目に、大粒の涙が溢れました。今度は、心からの嬉し泣きでした。
 笑顔の蛙は空を見上げて、のんびりと言いました。
「もう六月になてたのか……今年も、ちんと歌わないとな。植物たちが、雨を待てるから」

 そして照れくさそうにキツネを見ました。
「今夜、オレちと一緒に歌わないかい? あんた、声がでかいからちうどいいじないか」
 するとキツネは「コンコン!」と声を上げ、照れ隠しなのか森の奥へと飛び跳ねるように逃げていきました。

 川べりにはそれを見た蛙と仲間たちの笑い声が響きます。
 台風一過の青空の下、優しく穏やかな初夏の風が、みんなの間をゆくりと通り過ぎていきました。

 そんな風に、いつもの愛おしい森が今日も静かに続いていくのでした。


 おしまい
← 前の作品へ
次の作品へ →
5 投票しない