第8回 てきすとぽい杯〈夏の24時間耐久〉
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アナカリスになりたい
投稿時刻 : 2013.08.18 01:19
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アナカリスになりたい
晴海まどか@「ギソウクラブ」発売中


「キンギて知てる?」
 フミレスでの少し遅いランチタイム。そこでの突然の問いだた。
「ギモ?」
「違う違う、き・ん・ぎ・も。金魚の水槽に入れる水草のこと」
「あ……金魚の藻?」
「そう、藻」
 モモモ、と歌のフレーズを口ずさむように言て、彼女は笑んだ。
「そのモモモがどうしたんだよ」
「金魚藻ていうのは正式名称じないの。水草の一般名称で、アナカリスとかマツモとかていう、色んな水草のことをさすの」
 彼女が突然こういうことを言い出すのは珍しくなかた。彼女は引込み思案な分、俺よりもたくさん本を読むし、世の中の色んなことに詳しい。
「でも、アナカリスて言ても水草に詳しくない人にはよくわからないでし?」
 そうだな。ズズズ、とドリンクバーのコーラをストローですする。
「金魚の水槽に入てる水草だて説明して、初めてイメージが沸くでし?」
 彼女の性格からして、なんとなく言いたいことがわかてきた。
「お前、そのアナカリスて草に同情でもしてるわけ?」
 同情じないんだけど。彼女は言葉を選ぶように視線を泳がせる。
「この間、みんにメールしたの。マサくんにアドレス教えてもらたからさ」
 みんというのは、俺が親しくしているグループの女友だちの一人だ。地方出身でこちに親しい友人があまりいないという彼女に、俺は自分の友人たちを積極的に紹介するようにしていた。
「そしたら、『誰ですか?』て返事がきて」
「お前、名乗らなかたの?」
 名乗たよ。彼女はふくれた。
「だから『マサくんの彼女です』て返信したの。そしたら『なんだ』て」
 よかたな。とコーラの残りを飲み干したら、よくないよ! と思いのほか強い口調で反論された。
「私、気づいたの。あそこでは私は『マサくんの彼女』でしかないんだなて」
「だてそれ、事実だろ」
 事実だけど。彼女は言葉を続ける。
「私、それじ嫌だ」
 なんだか雲行きが怪しくなてきた。
「じ、ちんと自己紹介しろよ」
「したよ。でも同じ。だてマサくんも、そういう風にしか私のこと扱わないじない」
 そうだたんだろうか。わからない。
「マサくんが金魚で、私は金魚藻なんだよ」
 彼女はそこまで言て一呼吸つくと、笑た。
「私、アナカリスになりたい」
 彼女は知ているんだろうか。水を浄化する役割もある金魚藻が、金魚の飼育には不可欠であることを。
 咥えていたストローを、俺はゆくりと噛んだ。
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