乾いた海と光る鱗
それは、日の光を受けてきらきらと輝いていた。あまりに小さか
ったから、肉眼でその存在を捉えられたのは僕だけだったと思う。自警団の目を盗んで駆け寄り、手にとった。平べったい、いびつな丸型の無機物だった。僕はそれを握り締めて、物知りなお兄さんの下へ向かった。
物知りなお兄さんは、コロニーから離れた洞穴にひっそり住んでいる。物知りなお兄さんは、物知りだから物知りなお兄さんと僕が呼んでいる。お兄さんなのかどうかは実はよくわからない。もしかしたらお兄さんの生まれ故郷では男とか女とかいう区別をしないのかもしれない。お兄さんは物知りな上に異形だからこの星に流されてきたらしい。
僕はこの流刑星で生まれ育った。流人5世ってやつだ。
「お兄さん、これ見て!」
拾ってきたお宝をお兄さんに見せると、お兄さんは珍しく驚いたような顔をした。
「この前ロケットが墜落した場所でこっそり拾ってきたんだ」
「君、私が自警団に監視されているのは知ってるだろう。どうして持ってきたりしたんだい」
「僕が拾ったんだから、誰にも渡さないよ。これが何か教えてほしかったんだ」
お兄さんはしばらくそれをじっと見つめた後、教えてくれた。
「これは多分、墜落したロケットに実験用に積まれていた魚の鱗の一部だよ。名前は――君の使う言語では表現しづらいな」
「この星に海がないから死んじゃったの」
「いや、海の魚じゃないんだ。それにどのみち死んでいたよ」
その魚は太陽系第3惑星の知的生命体が観賞用に造り出した魚で、赤かったり、黒かったり、たまには白かったりして、ひれや尻尾が大きく、透き通ってひらひらしているのがとても美しいらしい。
「お兄さんも見たことあるの?」
「大昔に資料でね。生で見たことはないよ。魚の鱗を手に取るのも初めてだ」
「これは黒だったのかな?」
「いや、焼けてしまったら元の色はわからない。私が昔見たのは赤だったな」
僕はそれを聞いて洞穴を飛び出した。この星の大地は赤茶けている。理由は知らない。開拓されたコロニー以外はどこも赤い砂で覆われている。僕は拾った魚の鱗に赤い砂を目一杯かぶせた。きらきら輝いていた鱗は砂の海に沈んでいった。
「お前、こんな遠いところで、色まで失って、可愛そうだったね。寂しいね」
僕は人差し指で砂の上に海の絵を書いた。お兄さんが教えてくれた情報を元に想像して。それから、僕が決して行くことのできない他の星の様々な生命に思いを巡らせた。