てきすとぽいトップページへ
第8回 てきすとぽい杯〈夏の24時間耐久〉
 1  32  33 «〔 作品34 〕» 35  38 
最後に見たのは
 投稿時刻 : 2013.08.18 14:52
 字数 : 1000
5
投票しない
最後に見たのは
工藤伸一@ワサラー団


 地面に転がり口をパクパクさせて痙攣している哀れな金魚の姿にうなされて、目が覚めた。部屋が真暗なので置き時計を確認すると、深夜1時だ。金魚には何の思い入れもなく、どうしてそんな夢を視たのか見当も付かない。とりあえず最後に金魚を見たのはいつだたか記憶を辿てみると、縁日の夜に金魚すくいで手に入れた獲物をビニール袋に入れて歩いていた少年のことを思い出した。

 たいへん混雑していたため、通行人の持ていた何か鋭利なものが刺さたらしく、ビニール袋が破れて地面に落ちたのだ。何が起きたのか気付くなり少年は一緒にいた父親に助けを求めたから、わざわざ他人の僕が手を貸す必要はないと思い、金魚を踏まぬよう気を付けながら彼らの横を通り過ぎた。

 金魚が無事だたか心配ではあたものの、その程度のことで夢にまで出てくるとは思えない。しかもそれは何年も前のことだ。多分その後にも似たような状況があたに違いない。水でも飲んで頭を冷やせば思い出せるだろうとキチンに向かおうとしたら、どうも部屋の中の様子が違う。寝室の外には廊下があり、その奥に見えるリビングの電気が点いたままだ。室内の構造やインテリアは全く違ていて、やはり自宅ではない。

 フローリングの床の上で何かが蠢いている。それは金魚だた。最後に見たどころか、今まさに目の前にいるのだ。僕と関わりのある人で金魚を飼ているのは、愛人だけなのを思い出した。彼女はリビングの奥にあるキチンにいる。近づこうと部屋に足を踏み入れると、床に転がているのは金魚だけではないことが分かた。

 廊下からは死角になていて見えなかたが、誰かが倒れている。しかも頭から大量の血液を流しながら。顔を覗いてみるとそれは僕自身だた。「どうなているんだ?」と訊いてみても返事がない。まだ夢の中なのかもしれないと思たが、キチンにいる愛人が洗ているものを見て、ようやく記憶が蘇た。デートの後、彼女の部屋で別れ話を切り出したところ、金魚鉢で頭を殴られたのだ。

 床にくずおれながら僕は、鉢から放り出され水分を欲してもがき苦しむ金魚を見た。それきり気を失ていたのだろう。けれどもそれなら、何故さき寝室にいたのか。それどころか自分で自分の姿が見えているなんて。そこでようやく気付いた。さきの夢は金魚を最後に見た時の記憶ではなく、人生の最後に見た光景だたのだ。そして全てが途絶えた。
← 前の作品へ
次の作品へ →
5 投票しない