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第8回 てきすとぽい杯〈夏の24時間耐久〉
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キンギョソウ
 投稿時刻 : 2013.08.18 14:59
 字数 : 1000
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キンギョソウ
永坂暖日


「どうぞお幸せに」
 かつての恋人が、結婚のお祝いとしてくれたのはキンギソウだた。
 鉢植えの淡い桃色の花を見て、新妻は「綺麗な色」と言た。
 私とかつての恋人が別れたのは、妻と出会うよりも前のことで、円満な別れ方だた。
 結婚をしたと知らせる葉書を知人たちに一斉に送り、その中にかつての恋人も含まれていた。かつての恋人とは思い出したように、他愛もないメールのやり取りをすることがあたから、葉書を送たのである。
 かつての恋人から特段の連絡はなく、葉書を出してしばらく経た頃、前置きもなくキンギソウが送られてきた。
 カードに一言だけ綴られた見覚えのある字を見て、懐かしい気持ちになたのは妻には秘密である。

 広がる花弁は金魚そのものだた。
「本当に金魚みたいね」
 贈られてきた直後はつぼみが多かたものの、今はほころんでいるものの方が多く、金魚が群れをなして泳いでいるようだた。
 世話をしているのは主に妻で、彼女はキンギソウが私の昔の恋人から贈られたものと知ても、拘りがないようだた。
「もうずと昔に別れた人なんでし
 だたら関係ないわよ綺麗な花はなおさらね、と朗らかに言う妻の心の広さに感心すると共に少しは嫉妬くらいしてほしいなと苦笑いした。

 私の過去にこだわりを持たない妻はキンギソウが気に入たらしく毎日甲斐甲斐しく世話をしていたが、いくら世話をしようとも花が枯れるのは避けられない。
 かつては群れをなして泳いでいた桃色の金魚たちは、日に日にしおれていた。
 妻はそれを惜しみながらも、種を取て植えるのだと張り切ていた。
 私は、そんな妻とは対照的に、あまりキンギソウに関心がなかた。なるほど、綺麗ではある。しかし、それ以上愛でようという心持ちにはならず、どちらかと言えばキンギソウの世話を楽しそうにする妻を見るのが楽しかた。

 やがて花はすべて枯れたが、こんなに種子が取れたと妻は嬉しそうだた。
「でも、花は綺麗なのに、さやはちと不気味なのね」
 妻に言われ、私は久しぶりにキンギソウをまじまじと見た。なるほど、髑髏のようだ。可憐な花の姿を覚えているだけに、禍々しくさえある。
 ――貴方はわたしの外見しか見ていないのね。
 かつて、恋人にそう言われたことをふと思い出した。
 小さな三つの虚ろが、かつての恋人の顔と重なる。
 ――だから、別れたいんでしう?
 それは、事故で二目と見られなくなた、あの顔と。

 
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